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俳句の庭

  • 霜を置いた初冬の菊

    11月 20th, 2025

    落葉樹が葉を散らし、草が枯れ急ぐ中、畑の隅の菊が鮮やかな色を保って咲いている。うっすらと霜を置いているが、色褪せる気配はない。寒さに強い品種なのだろう。「寒菊」は油菊を園芸化した特定の種類の菊を指すが、俳句では初冬以降咲き残っている菊も「寒菊」として詠まれているようだ。

  • 冬服

    11月 19th, 2025

    コートやセーターなど、冬に着用する厚手の衣類の総称。服の生地には、ウール等の寒さ対策に なる素材が用いられる。「冬着(ふゆぎ)」も同様に冬に着用する衣類を指すが、「冬服」よりもやや古風な響きがあり、主に和服を指す言葉として使われる。

  • 桃吹く

    11月 19th, 2025

    綿(わた)の実が熟して割れ、中から白い綿が吹き出すこと。「綿吹く」ともいう。コットンボー ルといわれる綿の実の形が桃に似ていることから、こう言われる。綿はアオイ科の一年草。夏に花を咲かせた後秋に実を結び、熟すと3つに裂けて白い綿毛をつけた種子を出す。綿の実から作られるのが「木綿わた」(冬季)。

  • うそ寒やあら汁に足すコップ酒 森岡正作

    11月 19th, 2025

    「うそ寒」は、秋半ばから晩秋にかけて感じるうっすらとした寒さのこと。なんとなく感じる寒さや、心細さを伴う寒さを表す。

    掲句は、秋の夜更けに「うそ寒」を感じながら独り厨房に立つ男性の、厨房での一コマ。あら汁は、魚の頭や骨などのアラを利用した汁物のこと。魚の臭みを消して風味を増すために、料理酒を使うことが折々あるが、作者は、たまたま手元にあったコップ酒を使ったのである。そこに男性料理特有の豪快な趣がある。『俳壇』2025年12月号。

  • 私以外の私になれず栗を剥く 和田順子

    11月 18th, 2025

    「栗」はブナ科の落葉高木の実で、棘のある毬(いが)の中で育ち、成熟すると毬が裂けて実がこぼれ落ちる。鬼皮、渋皮を剥いたあと茹でるなどして食する。

    掲句は、栗を剝いている自分自身に目を向けた作品。台所俳句といってもいいが、作者の目は厨房よりも、自らの内面に向けられている。自分自身にないものを求めて彷徨うのが人の一生ともいえ、「私以外の私になれず」との認識は、当然のようにも見えるが、中々到りつけない境地。人生の厳然たる真実でもある。栗を剥くという日常の営みが、作者の思いを支えている。『俳壇』2025年12月号。

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