
「冬桜」は、11月頃から真冬にかけて白い一重の花を疎らに咲かせる。清潔感のある寂し気な風情が印象的だ。品種としてのフユザクラは、ヤマザクラとマメザクラの自然交配種で、伊豆半島や房総半島に自生しているが、写真のフユザクラは河川の緑化の一環で植えられたもの。歳時記には「冬桜」の傍題として「寒桜(緋寒桜)」が載っているが、両者は別種の桜である。便宜的な整理と思われる。

「冬桜」は、11月頃から真冬にかけて白い一重の花を疎らに咲かせる。清潔感のある寂し気な風情が印象的だ。品種としてのフユザクラは、ヤマザクラとマメザクラの自然交配種で、伊豆半島や房総半島に自生しているが、写真のフユザクラは河川の緑化の一環で植えられたもの。歳時記には「冬桜」の傍題として「寒桜(緋寒桜)」が載っているが、両者は別種の桜である。便宜的な整理と思われる。
銀杏(いちょう)の葉が黄色く色づき、散り敷いた様。銀杏はイチョウ科の落葉高木で、黄葉や落葉は落葉広葉樹の中では比較的遅い。明るく散り敷いた銀杏落葉は、初冬の路上や寺院の境内などを明るく染め上げる。

「霜晴」は冷え込んで霜が降りた夜、又は霜が降りた日の快晴の状態を指す。晴れた寒い夜、空気中の水蒸気がそのまま冷え、屋外の物や地面に触れて霜が降りる。
掲句の「霜晴」には、刺すような朝の寒気を思いたい。「挑(いど)まねば老い容赦なし」との措辞は、老いを自覚した作者が自らに向けた言葉。表現者としての自身を叱咤する表現だ。「霜晴」の青ひと色の空は、作者のそうした思いを受け止めて翳りをとどめない。『俳句』2025年12月号。
「まるめろ」はバラ科マルメロ属の落葉低木又は小高木。初夏の頃、白又は淡紅色の花をつけ、秋に実が黄熟する。香りがよく、主に果実酒やジ ャムなどに利用される。
掲句は、創(きず)のついた「まるめろ」の梨やリンゴのような甘く芳醇な香りを、「みづうみの匂ひ」と感受した。一読、読者は、広々とひらける秋の湖をイメージすることになる。秋晴れの下の明るい湖面と黄熟した「まるめろ」とはよく調和する取り合わせだ。若々しい感性が活かされている『俳句』2025年12月号。

11月下旬に畑の隅に咲いていた仏の座。シソ科オドリコソウ属の一年草又は越年草。仏さまが座る蓮華座(れんげざ)のように見えることからこの名がある。春の七草の中の一つで新年の季語になっている仏の座(標準和名コオニタビラコ)とは別物である。俳句に詠み込む場合は注意が必要。