キク科の越年草。全国の藪や林縁などに自生する。タバコに似た葉を付ける直立した茎の先端から、横に枝を長く伸ばし、初秋の頃上部の葉腋に柄のない黄色の頭花を下向きにつける。なお、歳時記には掲載されていない。

「車輪梅(しゃりんばい)」は日本や朝鮮半島原産のバラ科の常緑低木。主として暖地の海岸近くに自生するほか、街路樹や公園樹として利用される。5月頃に梅に似た白い五弁花を咲かせた後、秋に実をつけ、晩秋の頃黒紫色に熟れる。なお、歳時記には掲載されていない。

「月涼し」は暑さの厳しい夏の最中、夜空に輝く月に涼しさを感じること。また、そのような「夏の月」そのものを指す。「涼し」(夏季)という季語は、様々な言葉と組み合わせて使われることが多く、「月涼し」もその一つ。
掲句は温泉地の湯畑の周りで湯上がりの散策を楽しんでいる情景。湯畑は源泉を地表や木製の樋に掛け流し、温泉の成分である湯の花の採取や湯温の調節を行う施設のこと。 湧き出た湯は、湯樋を通して温度を下げ、その地の旅館などへ送られていく。湯上りの寛いだ気分で、折りからの月を振り仰ぐとき、昼の暑さを忘れさせてくれるような涼しさが五体を包む。同じように散策を楽しんでいる客の影もちらほら見えることだろう。『俳壇』2025年10月号。
「滴り(したたり)」は山中の岩の裂け目から、或いは蘚苔類を伝って、滴々と、また、細く糸のようにこぼれ落ちる水をいう。山道へ分け入って疲れを覚える頃、滴りの一滴一滴は涼感を誘う。
掲句は円(つぶ)らかな「滴り」に健やかな命のかがやきを感受しての作品。この句の背景には、作者自身が、或いは身近な人が健やかに齢を重ねていることに対する自祝の思いがあるのだろう。眼前の「滴り」は、命の光を放ちながら一滴また一滴とこぼれ落ちてゆく。『俳壇』2025年10月号。
日本の家屋において、涼しさを求めて風通しを良くした開放的な座敷のこと。障子や襖を取り外して葭戸(よしど)に替えたり、簾(すだれ)を吊るしたりして夏向きにしつらえる。
