南風は夏に吹く南寄りの風。南風といえば、穏やかな晴天を吹くやや湿った風をイメージする。
掲句は、当時壮年の働き盛りで、しかも人に言えない悩みを密かに抱えていた時期の作品。上五の「南風や」から、心を解き放つ広々とした海原を思い浮かべてもらいたい。何ら具象的な描写が無く、願望を述べただけの作品だが、心の記念碑として、ときにはこんな作品があってもいいと思っている。平成22年作。
南風は夏に吹く南寄りの風。南風といえば、穏やかな晴天を吹くやや湿った風をイメージする。
掲句は、当時壮年の働き盛りで、しかも人に言えない悩みを密かに抱えていた時期の作品。上五の「南風や」から、心を解き放つ広々とした海原を思い浮かべてもらいたい。何ら具象的な描写が無く、願望を述べただけの作品だが、心の記念碑として、ときにはこんな作品があってもいいと思っている。平成22年作。
鮎は春から初夏にかけて日本全国の川を遡上する。それぞれの川に鮎釣りの解禁日があり、解禁になると多くの釣り客が鮎釣りを楽しむ。鮎は年魚といわれるように、生まれてから1年で生涯を閉じることが多く、解禁の頃の鮎はまだ小振りだ。俳句では鮎は夏の季語。
掲句は多摩川上流の木道を散策したときの作品。夜から未明にかけて降った雨の名残で、川は水量が多くやや濁っていたが、既に雨雲は去り、まだ太陽は顔を出していないものの絶好の釣り日和になりつつあった。未明から釣り糸を垂らしている何人かの姿が岩陰などに見えた。この句から、夏の明け方の心地よい冷気を感じ取ってもらえれば幸いだ。平成22年作。
朝のうちや午後、傾いた太陽が町中の通りや家の周囲に片蔭を作る。片蔭は、直射日光が届かないので、暑さの最中でもほっとできる場所だ。俳句では夏の季語。
掲句は、町中で見掛けた光景を句にしたもの。道を歩いていた女性が、それまで大事そうに提げていた荷物を町中の片蔭に置いて小休止していた。その荷物は布で覆ってあったが、どうやら猫を入れた籠らしかった。その籠を、日向を避けて片蔭に置いたところに、猫に対する優しい心遣いが表れているように思った。平成16年作。『河岸段丘』所収。
大暑は二十四節気の一つで、新暦の7月23日頃にあたる。いよいよ暑さの厳しい盛夏の時節となる。大暑の「大」の一字には、人間を圧倒するような自然の威力を感じる。
掲句は、山中の水辺に佇んでいて、ふと傍らの棕櫚に目を止めてできた作品。棕櫚が、新葉の下に枯れ色をした古葉を、蓑のようにぶ厚くだらりと垂らしていた。いかにも暑苦しい印象で、棕櫚もこの暑さに耐えて、黙って立っているように思えた。平成30年作。
鮎はアユ科の淡水魚。例えば多摩川上流であれば、鮎釣り解禁は6月中旬だ。その頃になると、川は多くの釣り師で早朝から賑わう。
掲句は、多摩川上流で見掛けた鮎釣りの情景を句にしたもの。その日は夜降った雨の名残で、朝から靄が立ち込め、やや濁って水量を増した川が音を立てて流れていた。釣り師たちがお互いに距離を取りながら釣糸を垂れていた。誰もが無言で釣りに没入しているので、声をかけるのも憚られた。流れが少し緩やかになる瀬尻の辺りに魚籠が浸してあったので、釣り果を覗いてみたい誘惑に駆られた。平成25年作。