「初句会」は新年になって初めて行われる句会のこと。月の例会がそのまま「初句会」となる場合が多い。参加者は新鮮な気持ちで句座に望む。蜜柑や菓子が配られるなど、新しい年を迎えた華やぎがただよう。
掲句は「初句会」の選句や披講の合い間に句友と交わした二言三言を詠んだ作品。一病を抱えているのは、年配者にはごく普通のことだが、それでも病と付き合っていると心が重くなりがちなものである。「さらりと」で、その句友の前向きな気持ちと句座の明るい雰囲気が表せていれば幸いだ。平成18年作。『春霙』所収。
「初句会」は新年になって初めて行われる句会のこと。月の例会がそのまま「初句会」となる場合が多い。参加者は新鮮な気持ちで句座に望む。蜜柑や菓子が配られるなど、新しい年を迎えた華やぎがただよう。
掲句は「初句会」の選句や披講の合い間に句友と交わした二言三言を詠んだ作品。一病を抱えているのは、年配者にはごく普通のことだが、それでも病と付き合っていると心が重くなりがちなものである。「さらりと」で、その句友の前向きな気持ちと句座の明るい雰囲気が表せていれば幸いだ。平成18年作。『春霙』所収。
「蛇笏忌」は10月3日。福田甲子雄に〈邂逅や十月三日の句碑の前〉という句があったが、かつて「雲母」の会員であった人間にとって、蛇笏忌は、数多い忌日の中でも特別な日である。
掲句は昨年(令和7年)の満月が10月6日だったことを踏まえての作品。単に事実を直叙しただけの句だが、偶然を必然に変えるのが詩の力だとも思っている。飯田蛇笏の句風や人となりへの敬慕の思いが、「月円か」に表れていれば幸いだ。令和7年作。
蛇笏忌は10月3日。毎年9月27日の父の忌日に続いて、蛇笏忌が巡ってくる。通常の天候であれば、秋たけなわの晴天が続く時節。
掲句は八ヶ岳東麓の野辺山高原での作品。その日は、ある時は遠くを、ある時は頭上を「爽籟(そうらい)」が吹きわたった。「爽籟」は澄みわたる秋の空に響く、心地よい風の音。雑木の中には、松のように、風を受けて味のある音色を奏でる木が交っていて、潮騒のようなその音に耳を澄ませていると、やがて私自身が風に包まれた。夏の厳しい暑さの記憶が漸く薄れる頃だった。令和7年作。
榾(ほた)は囲炉裏や竈で燃やすための、木の幹や枝、切り株などを乾燥させた焚き物のこと。
掲句は山荘の暖炉で榾の燃え崩れる様を詠んだ作品。燠(おき)は榾や薪などが燃えて炭火のようになったもの。水楢の榾が燃え盛って、紅椿のような真っ赤な燠をこぼした。炉床に落ちた燠は、ゆっくりと灰になっていく。「花びらのごと」との比喩はそのとき感じたままの表現。火を見て過ごす心豊かな時間が流れていた。令和7年作。
「蛇笏忌(だこつき)」は俳人飯田蛇笏の忌日で10月3日。昭和37年のこの日、山梨県の境川村(当時)の自宅で亡くなった。格調高い句風で立句の名手と言われ、「雲母」を主宰した。 亡くなったのが秋のたけなわだったこともあり、蛇笏と言えば秋の俳人との印象が強い。
掲句は戸外散策中の作品。秋の気配が日に日に濃く、鵙がよく鳴いた。一羽が梢で鳴くと、少し離れた梢でも別の一羽が鳴いた。鳴く時間帯に応じて、朝鵙、夕鵙などというが、日の出の前後に鳴く鵙の晴れ晴れとした声は印象的だ。今日の好天を約束してくれているかのような鋭く力強い声だった。令和7年作。