「木の芽(このめ)」は春になって様々の樹木の芽が吹くこと。それぞれの木の名を冠して「柳の芽」「楓の芽」などという。広葉樹を主とした雑多な樹木の芽吹きが「雑木の芽」。
掲句は、八国山の東の端の久米川古戦場跡を詠んだ作品。元弘3年、鎌倉幕府軍と新田義貞率いる反幕府軍が戦い、新田軍が勝利した。今は山麓の住宅地の小さな公園内に石碑が立っているのみで、かつての古戦場の面影をとどめるものは何もない。折から、櫟や欅など八国山の雑木がそれぞれの色合いで芽吹きの季節を迎えていた。令和7年作。
「木の芽(このめ)」は春になって様々の樹木の芽が吹くこと。それぞれの木の名を冠して「柳の芽」「楓の芽」などという。広葉樹を主とした雑多な樹木の芽吹きが「雑木の芽」。
掲句は、八国山の東の端の久米川古戦場跡を詠んだ作品。元弘3年、鎌倉幕府軍と新田義貞率いる反幕府軍が戦い、新田軍が勝利した。今は山麓の住宅地の小さな公園内に石碑が立っているのみで、かつての古戦場の面影をとどめるものは何もない。折から、櫟や欅など八国山の雑木がそれぞれの色合いで芽吹きの季節を迎えていた。令和7年作。
「くちなし」は本州の中部以南に自生する常緑低木で、漢字表記では「梔子」。6、7月、枝先に香りのいい白色の六弁花を咲かせる。
掲句は梅雨の頃真っ白に咲いてたちまち黄ばんでゆく「くちなし」と、古びやすい言葉というものを取り合わせた作品。話し言葉であれ書き言葉であれ、話され書かれた言葉は、その時は新鮮に感じても、一日経つと古びてしまうことが多い。作句の現場であっても事情は同じだ。思い浮かんだ瞬間は手応えがあっても、一日寝かせて読み直してみると、何の感銘も覚えないことの方が多い。言葉という古びやすいものに、永遠の命を吹き込む難しさを日々感じている。令和4年作。
「白露(はくろ)」は二十四節気の一つ。秋分より15日前で、太陽暦では9月8日頃。ようやく秋の気配が濃くなり、朝晩と日中の気温差が大きくなる。朝日を受けて草露がきらきらと輝く。
朴(ほお)は初夏の頃枝先に白い芳香のある大きな花を咲かせた後、長楕円形の実ができる。実は9月から11月にかけて赤く熟す。掲句は「白露」の頃の熟し始めの朴の実の色合いを詠んだ作品。ほのぼのと紅色が兆した朴の実に、季節の確かな足取りを感じた。令和4年作。
「十月」は暑くもなく寒くもなく過ごしやすい月。月の初めは秋の長雨が続くことがあるが、月の後半は天気も安定し朝晩は気温も下がってくる。野山に紅葉が始まり、稲や果物など農産物が収穫時期を迎える。
掲句は秋が深まるにつれて大気が澄み、くっきりと姿を見せる富岳に、「十月」に対する感慨を重ねた作品。「十月」は極暑の関東平野に住む者にとって、暑さから解放される好季節だ。それまで見えなかった遠い山並みが、克明に姿を現す。加えて、「十月」は、飯田蛇笏の忌日(10月3日)が巡ってくる月でもある。朝の散歩のときに、富士を遠望しながら何気なくできた作品だが、蛇笏に対する遥かなる思いが、この句の背景にあると思っている。令和6年作。
野鳥の多くは春から夏にかけて繁殖期を迎える。巣を作り、その中にいくつかの卵を産む。「鳥の卵」や「抱卵季(ほうらんき)」は春の季語。一方、「巣立鳥」は夏の季語になっている。
今年の5月から6月にかけて、玄関輪わきのチャイニーズホーリーにメジロが巣を作った。頻繁に人の出入りするところにまさか、と最初は半信半疑だったが、ある日そっと巣を覗くと、卵が3個産みつけられていた。その後、番いが交代で卵を抱いていた。オスの方が少し体が大きいので、どちらが抱卵しているのかがよく分かった。
鳥の巣に近き一枝に馬具を干す
も、同時期の作品。こちらは実景そのままの作品である。令和7年作。