スズキ目シイラ科の海水魚。「鬼頭魚」とも表記する。体長約1~2メートルに達する。世界の暖海に分布し、日本では黒潮海域に多く見られる。頭部に丸みがあって背びれが頭から尾まで繋がっている。体色は藍色で斑点があり、腹部は褐色。海面の浮遊物に集まる習性がある。ムニエルやフライなど、様々な食べ方がある。

スズキ目シイラ科の海水魚。「鬼頭魚」とも表記する。体長約1~2メートルに達する。世界の暖海に分布し、日本では黒潮海域に多く見られる。頭部に丸みがあって背びれが頭から尾まで繋がっている。体色は藍色で斑点があり、腹部は褐色。海面の浮遊物に集まる習性がある。ムニエルやフライなど、様々な食べ方がある。

「牧水忌」は歌人若山牧水の忌日で、9月17日。1928年(昭和3年)のこの日、沼津市の自宅で死去。旅と酒と自然を愛し、旅先で多くの歌を詠んだ。
掲句は、9月17日の牧水忌の頃、芒原の果てに海がてらてら光る光景を前にしての作品。生前の牧水も、各地を旅する中で、このような景に出会ったのではないだろうか、と。9月中旬と言えば、秋という好適な季節を迎えて明るく伸びやかな気分がただよう時節。牧水の浪漫的な歌風に相応しく、大らかで明るくどこかに寂しみのある風景だ。『俳壇』2025年11月号。
今回の旅行の最後の滞在地はリヨン。美食の都として知られるフランス第三の都市。ローヌ川とソーヌ川が合流する交通の要衝でもある。
ソーヌ川の西側に広がる旧市街(ヴュー・リヨン)には、中世からルネサンス時代の街並みがそのまま残っている。私たちは、スマホのグーグルマップを頼りに、旧市街の石畳の路地を歩き回った。

トラブール(Traboules)と呼ばれる秘密の通路は旧市街の至るところにあった。下の写真は、観光客など住民以外の人も通れるように一般開放しているトラブール。15~16世紀頃に絹織物産業が盛んだった頃の名残だという。絹職人たちは、雨に濡らさずに布を運ぶ必要があり、通り抜け用の屋根付き通路を建物の内部に設けた。その秘密の迷路めいた石造りの回廊を辿っていくと、螺旋階段や光の差し込む中庭などがあった。花の鉢植えが置いてある窓辺や戸口には人が住んでいる気配を感じたが、住民と顔を合わせることはなく、朝早かったこともあり、通路はしんと静まり返っていた。500年前にタイムスリップしたような錯覚を覚えた。

旧市街のとある店のショーウィンドウに、星の王子様の置物が飾ってあった。『星の王子さま』の作者サン・テグジュペリがリヨンの生まれであることは予てから知っていたが、死後80年余が経過する中で、その作品が今でもフランス人たちに愛され続けていることを、改めて実感した。実際に生まれたのは新市街にあるベルクール広場の近くで、現在は個人住宅になっているという。ベルクール広場のサン・テグジュペリ像には、後日立ち寄った。

フルヴィエールの丘に登った。この丘は、かつてローマ帝国の植民地の首府として栄えたリヨンの発祥地。今回は訪れなかったが、丘の上には円形劇場などのローマ時代の遺跡が残っている。当日はフランス革命記念日(7月14日)だったので、公園の一部が閉鎖されていたが、何とか丘の上まで登ることができた。
手前に流れるのがソーヌ川、やや遠方を流れるのがローヌ川。この二本の川によって、リヨンの街は3つのエリアに分かれる。両川に挟まれたエリアが新市街。ローヌ川の向こう岸がパール・デュー地区。手前の旧市街はほとんど木立に隠れている。

丘の上に立つノートルダム・ド・フルヴィエール大聖堂を訪れた。大聖堂の建設は19世紀とさほど古くはないが、19世紀後半の普仏戦争の敗北や政治的混乱の中で、市民の寄付で建てられたという。塔の先に立つ聖母マリア像は、リヨンの街全体を見守っているかのようだ。下の写真は旧市街から撮った大聖堂。折からの朝日を受けて輝いていた。

大聖堂の内部。礼拝に訪れる人々の姿があった。天井に金と青のモザイクが施されている。

中国原産のキク科エゾギク属の一年草。別名「翠菊(すいぎく)」「アスター」「薩摩菊(さつまぎく)」。江戸中期に日本に渡来した。多数の園芸品種があり、鑑賞目的で花壇などに植えられるほか、仏花としても用いられる。晩夏から秋にかけて赤、桃色、青、紫、白、黄などの花を咲かせる。寒さに強く、北海道などの寒冷地域でもよく育つ。
