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俳句の庭

  • 落花

    4月 18th, 2023

    桜の散っていく様は、日本人の美意識に訴えるところがある。花吹雪の中で、心は日常から離れ、万物が生滅を繰り返すこの世のことを思っている。そして、一つ一つの花びらは、天地の流転の中に投げ込まれる。水に散った花びらは忽ち流れ去って眼前から消えるし、地に散った花びらは、そこに散り溜まったり、風に吹き寄せられたりする。地に溜まっていた花びらも、数日の間に土に還って目につかなくなる。

  • しらうおや灯の入る前の店に酌む 山田真砂年

    4月 18th, 2023

    「白魚」はシラウオ科の硬骨魚で体長10cmほど。春を告げる魚として知られ、「白魚」「白魚飯」「白魚汁」「白魚鍋」等はいずれも春の季語。

    掲句は、小ぢんまりとした店のカウンター席の前に「しらうお」を使った料理が並んでいる場面を想像したい。春の一日は中々暮れようとしない。作者は、暮れるのを待ちかねて、まだ客の疎らな店内で、白魚鍋などを肴に酒を酌んでいるのだ。そこには、何事にも束縛されない自由を愉しんでいる気分があるだろうし、旅先の解放感もあるのかも知れない。昼の酒には、一抹の後ろめたさも混じるのだが・・・。『俳壇』2023年5月号より。

  • 夏隣

    4月 17th, 2023

    立夏が近づくと、桜、山吹、藤など、春咲く花々の大方は散り尽くし、山中は葉を広げる木々に遮られて日ごとに暗くなってくる。その一方で、青空のもとでの日差しの眩しさは、確実に季節が夏に向かっていくことを感じさせる。街を歩く人々の服装も、季節を先取りするかのように軽装になり、街中をからりと乾いた風が吹き抜ける。

  • 星朧雨子骨酒ふくみつつ

    4月 16th, 2023

    春になって寒気が緩んでくると、夜、見上げる星も潤んで柔らかな光を帯びてくる。地上の我々も星も、同じような夜気の湿りの中にいるような錯覚に囚われる。

    掲句は、3月中旬に秩父に小旅行したときの作品。山女(やまめ)と雨子(アマゴ)は、体の横の鮮やかな朱点の有無で区別するそうだが、その夜味わったのは雨子骨酒だった。暮れるにつれて、川を隔てた山の端に星が一つ、また一つと殖えていった。令和5年作。

  • 豌豆の花

    4月 16th, 2023

    豌豆(えんどう)はマメ科の一年草又は二年草。ヨーロッパ原産で、多くは蔓性。春、赤紫色又は白色の蝶形の花をつける。花の後できる若い莢は「絹莢」、豆は「グリーンピース」として食し、いずれも初夏の季語。豌豆の花は、春になるとどこにでも見掛けるありふれた花だが、赤紫も白も、郷愁を誘うような人懐かしさがある。

    下の写真は、近所の菜園で撮ったもの。豌豆の白花も盛りを過ぎて、瑞々しい莢が次々とできている。絹莢として油炒めなどにすると、朝食の一品になりそうだ。

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