冬の間、凍てついた空から冷徹な光を投げかけていた月は、春めいてくるにつれて、光をやわらげ、潤いを帯びて中天にかかる。
掲句は、仲春の頃、林や湖畔を歩きながら月を振り仰いでの作。林中では、芽吹きが始まっている木々の梢も月もどことなくけぶって見えたが、湖畔に出ると、すっきりと澄んだ月が仰がれた。見上げる場所によって、月が色々な表情をみせることに、興味を持った。平成31年作。
冬の間、凍てついた空から冷徹な光を投げかけていた月は、春めいてくるにつれて、光をやわらげ、潤いを帯びて中天にかかる。
掲句は、仲春の頃、林や湖畔を歩きながら月を振り仰いでの作。林中では、芽吹きが始まっている木々の梢も月もどことなくけぶって見えたが、湖畔に出ると、すっきりと澄んだ月が仰がれた。見上げる場所によって、月が色々な表情をみせることに、興味を持った。平成31年作。
「鶯餅」「蕨餅」は春早々に、「桜餅」は少し遅れて桜の咲く頃店頭に並ぶ。「桜餅」には、関東風の長命寺と関西風の道明寺があるが、ともに薄紅色の餅肌で、塩漬けした桜の葉で包む。一年のうちほんの一時期店頭に出てくるものだが、好物の人はその時季の到来が待ち遠しいだろう。
掲句は、婚儀や遠忌の法要などで久し振りに顔を合わせた従弟・従妹たちが同座して、歓談している場面。「いとこ」という関係は、ごく親しい場合を除いて、一般には会う機会も限られ、年を経るにつれて疎遠になっていくものだが、そんな彼ら彼女らが並んでみると、やはりどことなく似ているところが、目についたのだ。「いとこ」同士という緩やかな関係と「桜餅」とが、どことなく照応していて面白い。『俳壇』2023年5月号より。
「陽炎」(かげろう)は、麗らかな春の日差しの中で、野中のもののかたちが揺らいで見える現象。空気の層によって温度差が生じ、光が屈折することから、人の目にものが揺らいで見えるのだ。陽春の気分をたっぷり含む季語だが、人の知覚の不確かさ、ひいてはこの世に存在するものの不確かさを暗示する言葉でもある。
掲句は、とある博物館で展示されていた火焔型土器のレプリカを見ていてできた作品。火焔型土器は、縄文土器の一種で、 燃え上がる炎を象ったかのような形状の土器。外光の差し込まない博物館の一室にいて、ガラスケースの中に置かれたその土器を前にして、ふと戸外の麗らかな日差しを思い浮かべ、そのような日差しの中で煮炊きしている縄文人たちを想像した。平成28年作。
茶摘みの最盛期は、ゴールデンウィークを挟んで前後の1~2週間。その頃摘んだものが一番茶で、俳句で「茶摘時」といえばその時期を指す。新芽が出る頃の茶畑は、萌黄の絨毯を敷き詰めたように美しい。その明るさの中を、四、五人の茶摘女たちが、向かい合いながら黙々と摘み進んでいく。茶園の生垣に新茶の幟が立つのもその頃だ。ただ、近年は、一部の高級茶を除いて、機械刈りが一般化してしまったので、かつての茶摘みの光景を目にすることは稀になった。また、かつては一番茶の後、6月下旬から7月上旬に二番茶、7月下旬から三番茶が摘まれていたが、近年は廃れてしまった。

「霾」(つちふる)は黄砂が降ること。日差しはありながらどことなく空が濁っているように感じられる日、自動車の車体や物干し竿にうすうすと黄砂が積もっていることがある。そんな日は、どことなく気分も鬱陶しい。実景を写生する場合のほか、陰影のある複雑な心の内を暗示しようとする場合に、この季語が用いられることもあるようだ。
我が家には、父が遺した梅干が何壺かある。月日の経過とともに塩を噴いて、普通に食べるには塩辛過ぎて向かないし、黒々として食味をそそるものではないが、夏などにご飯に混ぜて炊くと、仄かな梅干の香りに食欲が増すような気がする。なお、この梅干は20年以上前に父がつくったものだ。父は、中国大陸に出征した経験を家族にほとんど語ることがなかった。平成20年作。『春霙』所収。