秋高しは、秋の大気が澄み、晴れわたった空が高く感じられること。
掲句は、祭が近づいてくる10月初旬、秋晴れの空に響く祭囃子の谺を耳にしての一句。祭本番に備えて、笛や太鼓の練習が始まっているのだ。地元には、重松流祭ばやしという囃子の流派があり、各地域の囃子連や保存会の人たちによって伝承されているのだが、伝承は口伝(くでん)によるもので、楽譜などはないという。平成27年作。
秋高しは、秋の大気が澄み、晴れわたった空が高く感じられること。
掲句は、祭が近づいてくる10月初旬、秋晴れの空に響く祭囃子の谺を耳にしての一句。祭本番に備えて、笛や太鼓の練習が始まっているのだ。地元には、重松流祭ばやしという囃子の流派があり、各地域の囃子連や保存会の人たちによって伝承されているのだが、伝承は口伝(くでん)によるもので、楽譜などはないという。平成27年作。
広島忌は原爆忌の傍題。昭和20年8月6日、広島市に原子爆弾が投下された。人類に対する初めての核兵器の使用であった。
掲句は、街の真上の雲一つない晴れわたった「疵(きず)のない空」に言及することによって、原爆投下の惨状を浮かび上がらせる。多くの犠牲者が出、市街が破壊しつくされる中で、空だけが無疵のまま残ったというのだ。平明な表現の向こうに平和への願いを込めた作品。『俳句四季』2023年10月号。
刈り取った稲を天然乾燥させるための木組みのこと。田の中に設けた簡単なものから樹木に竹を結わえ数段にも及ぶものまで様々だ。刈り取った稲の束を稲架に掛けて数日干し、脱穀する。現在では生脱穀、火力乾燥の方法が多くとられ、稲架などによる天日干しは少なくなった。

別名箒草(ほうきぐさ)、園芸ではコキアとも呼ばれる。中国原産のアカザ科の一年草で、荒れ地に自生するほか、栽培もされている。晩夏の頃、淡い黄緑色の小花をつける。秋になると次第に小枝まで赤味を帯び、その実はとんぶりと呼ばれ東北地方などでは食用になる。箒の材料となる草である。なお、とんぶりは畑のキャビアとも呼ばれ、秋の季語。

秋風といっても、暑さが残る初秋の頃の風から、晩秋の頃の日ごとに冷気を加えてゆく風まで、その趣は幅広い。
掲句は武蔵国分寺跡を訪れたときの作品。真っ平らな芝生のところどころに金堂の礎石だけが遺されていた。その一つに腰掛けて、千年前の光景を想像した。鵙が、近くの木の天辺で声を放った。目に見えない筈の風が見えるように感じられるほど、遠くまで空気が澄み切っていた。平成18年作。『春霙』所収。