蛇笏忌は、俳人飯田蛇笏の忌日で10月3日。毎年秋がたけなわになる頃、蛇笏忌が巡ってくる。
掲句は、未明の川面を眺めるともなく眺めていての一句。暑かった夏の記憶もようやく薄れて、中天の半月が澄んだ光を地上や川面に投げ掛けていた。ふと〈桐一葉月光むせぶごとくなり 蛇笏〉という句が思い浮かんだ。「月光跳ねて」との擬人化表現に、蛇笏作品の多情でアニミズム的な一面が多少は表れていると思っている。平成22年作。
蛇笏忌は、俳人飯田蛇笏の忌日で10月3日。毎年秋がたけなわになる頃、蛇笏忌が巡ってくる。
掲句は、未明の川面を眺めるともなく眺めていての一句。暑かった夏の記憶もようやく薄れて、中天の半月が澄んだ光を地上や川面に投げ掛けていた。ふと〈桐一葉月光むせぶごとくなり 蛇笏〉という句が思い浮かんだ。「月光跳ねて」との擬人化表現に、蛇笏作品の多情でアニミズム的な一面が多少は表れていると思っている。平成22年作。
楢は、ブナ科コナラ属の落葉高木ミズナラ、コナラなどの総称。夏に紐状の花が咲き、秋に硬い実が熟す。実は卵形の楕円形をしており、椀状の殻斗(かくと)に包まれている。櫟の実とともに、一般には団栗の名で親しまれている。

山寺や石にしみつく蟬の声 芭蕉 元禄2年5月27日芭蕉一行が立石寺を訪れたときの作。立石寺は俗に山寺ともいわれる天台宗の名刹で、慈覚大師入寂の地。陽暦では7月中旬の盛夏に当たり、耳を聾するばかりに蟬が鳴いていた。曾良の書留に記されていたのが、この句形。即吟としてはひととおりの作だ。『初蟬』には 寂しさや岩にしみ込む蟬の声 芭蕉 の形で載っている。初案からの推敲課程を示すものだろう。
閑かさや岩にしみ入る蟬の声 芭蕉 『おくのほそ道』に収められている句形。『猿蓑』に撰ばれていないから、この句形になったのは『猿蓑』撰以降だったと思われる。蟬の鳴き声のために、一山の閑かさが却って意識されるという閑寂の境地が詠まれている。初案から「閑かさや」の句形に至るまで、芭蕉の推敲は『寒山詩』や大籍、杜甫、王安石などの詩句の境地との交響・反芻の中で行われ(尾形仂)、これらの漢詩の詩情を踏まえた作といえる。しかし、「しみ入る」と推敲するに及んで、誰の真似でもない芭蕉独自の把握・表現に至った。主客一如の澄心の世界といっていいだろう。音韻の面でも、「シミイる」(i音の連続)が静寂感を醸している(今栄蔵)との指摘がある。
晩秋は、三秋(初秋・仲秋・晩秋)の末の月のことで、陰暦9月(現行の歴では10月頃)。山野の草木が色づき始め、日々の生活の中で、冬が近づく気配が感じられるようになってくる。
掲句は眼前の大木を擬人化して、晩秋の季節感を感じさせる作品だ。「大きな木」は、樹齢を重ねた欅や樟などを想定したい。晩秋の透徹した空気の中で、眼前の大木がこの世の何もかもを見ているように感じられたという。通常は見る対象である木が、逆にこの世を見ているという捉え方が面白い。『俳句四季』2023年10月号。