立秋を過ぎても見かける蝶のこと。特別な種類を指すものではない。蝶は一般に年に一度、晩春から初夏にかけて成虫が現れるが、揚羽蝶のように春から秋にかけて3、4回世代(産卵→幼虫→蛹→成虫のサイクル)を繰り返すものがあり、秋になって現れる成虫が秋の蝶。秋が深まった頃の弱い日差しの中の蝶の姿には哀れさを感じる。

立秋を過ぎても見かける蝶のこと。特別な種類を指すものではない。蝶は一般に年に一度、晩春から初夏にかけて成虫が現れるが、揚羽蝶のように春から秋にかけて3、4回世代(産卵→幼虫→蛹→成虫のサイクル)を繰り返すものがあり、秋になって現れる成虫が秋の蝶。秋が深まった頃の弱い日差しの中の蝶の姿には哀れさを感じる。

リンドウ科の多年草。本州、四国、九州のやや乾燥した山野に広く 自生するほか、園芸種として栽培される。草丈は20センチから1メートル。9~11月に茎の頂や葉の腋に筒状鐘形の青紫色の花を数個つける。光に反応して開花し、曇りの日や夜には花弁を閉じてしまう性質がある。根に薬効があり、乾燥させたものが漢方薬として用いられる。


送られつ送りつ果ては木曽の秋 芭蕉 名古屋の門人たちの送別に応えた留別吟。『阿羅野』巻七「旅」の部に「留別四句」との前書きを付して収められている、その中の一句。貞享5年8月11日、芭蕉は越人を伴って美濃より更科への旅に出た。この句で、芭蕉が送ったのは上方に赴く野水で、野水を送った芭蕉自身が、今度は名古屋の連衆に送られて旅立つ。会者定離の世の寂寞がこめられている。留別吟としてこの句ができたとき、「木曽の秋」は、これから辿る木曽路を思い描いての措辞だった。すなわち、これまでもこれからも、「送られつ送りつ」しながら漂泊の旅が続くだろう、そしてその果てに「木曽の秋」の寂しさを味わうだろうとの句意だ。貞享4年10月に江戸を立って以来の長い旅程を改めて顧みている趣もあろう。「果て」の一語に、行脚漂泊の境涯の身の行く末を思う心が揺曳している。特に、「送られつ送りつ」のリフレインが、離合集散の繰り返しの中に経過していく旅の時間の流れを感じさせるところがいい。
送られつ別れつ果ては木曽の秋 芭蕉 (元禄2年以降の執筆と考えられている)『更科紀行』に収めるに当たり、紀行全体の趣に合わせて改案したのがこの形。紀行の末尾に近いところに他の句と並んで収められており、「木曽の秋」を眼前のものとして味わうことになる。「名古屋連衆との留別の場を離れては、「送りつ」が無意味なものとなるので、「別れつ」と改めざるをえなかった」(尾形仂)事情はあるにしても、一句としてみたときはこの改案は原句のよろしさを半ば失わせてしまっている。
「暑き日」は、夏の暑い一日とも、暑い太陽そのものとも読める。
掲句は夏の暑い一日の締め括りに、熱いものを食べたとの句意。食べたのは香辛料の効いた肉料理だろうか。それとも炊き立てのご飯とみそ汁だろうか。いずれにしても、暑い日に、冷たいものではなく、敢えて熱いものを食べるところに、夏に負けずに健やかに生きる作者の意志と知恵が見える。平凡を恐れずに詠むことで得られた佳句である。『俳壇』2023年10月号。