マメ科の蔓性多年草。日本全国の山野に自生し、林、土手、河原などに、褐色の粗い毛のある蔓を伸ばして旺盛に繁茂している。かつて大和国吉野川上流の国栖(くず)の里が葛󠄀粉の産地であったことからこの名がある。花は古くから秋の七草の一つに数えられている。根の澱粉が葛粉になる。

「秋の暮」には、秋の夕暮という意味と秋の末という意味があり、この二つの意味が混然一体になっている。
掲句は、つないだ子の手の温かさを「ちひさな温み」と感受したところがポイント。手をつなぐことで、母は幼子の手の温もりを自らの手に感じ、幼子は、自らの手に母の手の温もりを感じる。触れ合う手の温もりを通して、母子はお互いを結びつける深い絆を感じ取る。寂しい「秋の暮」に灯を点したような懐かしさと温かみが感じられる作品だ。『俳壇』2023年10月号。
秋風は秋に吹く風一般をいう。景色は夏の様相を呈していながら、吹く風に秋の気配を感ずる初秋の風から、木の葉を散らし日ごとに冷気を加えてゆく晩秋の風まで、秋風に含まれる。
掲句は鏡台の前に座った女性(おそらくは作者自身)の眉を引く動作を描きながら、「秋の風」のもつ蕭然としたもの悲しさをどことなく感じさせる作品だ。鏡に映っているのは、夏痩せて少しやつれた顔であり、加齢による容貌の衰えは隠せない。だが、人前に出る以上は身だしなみということを疎かにせず、出掛ける前にはきりりと眉を引く。作品に具体的な描写はないが、そんな年配の女性が思い浮かぶ。秋の風という季語のもたらす効果だろう。『俳壇』2023年10月号。
半月が、弓に弦を張ったように見えることからつけられた名称。新月から満月に至る中間の月と、満月から次の新月に至る半ばの月とがある。前者を上弦の月、後者を下弦の月という。上弦の月は夕方や夜浅くに西空に、下弦の月は深夜過ぎや未明に東の空に眺められる。
