バラ科の常緑多年草。山野に自生する草苺や蛇苺、ワイルドストロベリー、食用種のオランダ苺など多くの種類があるが、苺の花といえばオランダ苺の花を指すことが多い。オランダ苺は、北米原産のバージニアイチゴと南米原産のチリイチゴがオランダで交配されて生み出された品種で、江戸時代にオランダから日本に伝えられた。晩春の頃、葉の間から花茎が伸びて白色五弁の花を咲かせる。花の後、花托が発達して果実の苺となる。

バラ科の常緑多年草。山野に自生する草苺や蛇苺、ワイルドストロベリー、食用種のオランダ苺など多くの種類があるが、苺の花といえばオランダ苺の花を指すことが多い。オランダ苺は、北米原産のバージニアイチゴと南米原産のチリイチゴがオランダで交配されて生み出された品種で、江戸時代にオランダから日本に伝えられた。晩春の頃、葉の間から花茎が伸びて白色五弁の花を咲かせる。花の後、花托が発達して果実の苺となる。

フネガイ科の二枚貝。北海道南部から九州の広い範囲に分布し、内湾の浅い泥底などに棲息する。殻に放射状の溝がある。酢の物や鮨種として食される。

現代俳句においても、作例は少ないが、師弟、連衆間或いは古人との間の詩心の交響が表れている作がある。
夏雲群るるこの峡中に死ぬるかな 蛇笏
夏に入る白雲あふぎ師に近づく 蒼石
第二句は、墓参の情景であろう。蛇笏の高弟であった作者には、そそり立っている盛夏の雲が、師の存在そのものに見えたのだ。
古茶の木ちるさかりとてあらざりき 蛇笏
古茶の木咲いてこの世を見てゐたり 龍太
両句において、蛇笏、龍太が「古茶ノ木」から受け止めた印象には共通するものがあるだろう。いずれの作においても、その密やかな在りようが詠まれているのだが、蛇笏作が的確な写実によって対象の真に迫ろうとしているのに対し、龍太作は、蛇笏作を念頭に置きながら、大胆な擬人化によりその印象を定着しようとした。
また、
蜩といふ名の裏山をつねに持つ 流火草堂
ひぐらしを聴かである日は阿修羅かな 楸邨
は連衆の間の、また、
下々も下々下々の下国の涼しさよ 一茶
下下の下の鼻のしぐるる一里塚 楸邨
は古人の作品との間の詩心の交響を示す作例である。
「春愁」は春最中に感じる物憂い哀愁のこと。軽いぼんやりとした春特有の憂鬱な感覚。
掲句は手紙の本文を書き終えて、本文とは別の内容を書き足すために文末に「追伸」と記したとき、ふと漠とした憂鬱や哀愁を覚えたとの句意。その感覚は、「春愁」といえるかどうかも定かでない淡いものだった。「かと思ふ」との下五は、作者の胸中に漂うその淡々とした思いを表している。春最中に誰もが感じる瞬時の感覚を確かに捉えた一句だ。『俳句界』2024年6月号。
北アメリカ原産のキク科の多年草。明治初年に日本に渡来し、現在では原野や土手、道端など全国いたるところに自生する帰化植物。初夏の頃から秋にかけて、茎の先に菊に似た白い花をつける。
