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俳句の庭

  • 青みどろ分けて鯉浮く厄日かな

    8月 15th, 2024

    立春から数えて二百十日(新暦では9月1、2日頃)、二百二十日、二百三十日は、丁度、早稲(わせ)や中稲(なかて)、晩稲(おくて)の開花時期に当たったことから、古来風雨の吹きやすい日として農家から恐れられた。颱風の襲来時期にも当たり、実際に風雨が募ることも多い。

    掲句は9月1日の休暇明けに日比谷公園を散策しての一句。久しぶりに見る公園内の雲形池は青みどろがどろどろと覆って見る影もなく、これまで経てきた暑さの厳しい夏の百日を思わせた。青みどろの間から真鯉が貌を覗かせていた。平成29年作。

  • 簾(すだれ)

    8月 15th, 2024

    細く割ったり削ったりした竹や葦などの素材を、横に並べて糸で編み連ねた伝統工芸品。障子や襖を取り払ったあとなどに、風を通しながら日差しと視線を遮るために用いられる夏のインテリアの一つ。一般的には窓辺や部屋と部屋の間に掛け垂らすが、障子や衝立に仕立てたものもある。

  • 残暑

    8月 15th, 2024

    立秋(8月7、8日頃)を過ぎてもなお残る暑さをいう。ピークは過ぎたとはいえ、相変わらず続く厳しい暑さには辟易する。一度涼しくなった後暑さがぶり返すことも多く、身に応えるものである。9月に入っても太平洋高気圧の勢力がなかなか衰えず、例年9月中旬頃までは残暑の日が続く。

  • 夏果てと思ふ珈琲店にひとり

    8月 14th, 2024

    夏の終わりを「夏の果」という。夏を惜しむ思いの感じられる季語。立秋前後ではまだ暑さが厳しく、連日の暑さに辟易して、夏を惜しむ思いなど湧いてこない。実感として夏を惜しむのは、子供たちの夏休みが終わる8月末頃だろうか。

    掲句は、本を読んだり書いたりするのによく喫茶店を利用していた頃の作品。週末ごとに出掛けて、通りすがりの喫茶店で小半時憩うのが当時の習慣だった。本を読んでいて、気がつくと店内に客は私一人だった。街中よりも時間がゆったり流れているような喫茶店のほの暗い店内で、道を行く疎らな人影を眺めながら、今年の夏も終わったのだと思った。名残惜しさと安堵感が入り混じっていた。平成29年作。

  • 秋の雲

    8月 14th, 2024

    澄み切った秋の空に浮かんでは消えてゆく雲のこと。このうち「鰯雲」「鯖雲」などは気象学的には巻積雲(けんせきうん)に分類される。巻積雲は雲が薄く、太陽が透けるため陰影ができない。高々と晴れ上がった空に浮かぶ白い雲は、秋らしい爽やかさを感じさせ、旅心を誘われる。

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