キリスト降誕の前夜に当たる12月24日の夜。クリスマスイブ。「聖夜」以外にも、「聖歌」「聖樹」「聖菓」などクリスマスに関連する季語は多い。キリスト降誕の日は、4世紀頃ローマ教会が12月25日と定めたという。

冬、木や草の芽が萌え出していること。特に、枯草の中の日だまりに見出した草の芽の新鮮な緑は、一歩ずつ近づいてくる春を予感させる。
下の写真はロゼット状に地面に貼りついているナズナ。

昔からの暦には伊勢神宮の伊勢暦、江戸の江戸暦など各地に特色あるものがあり、最近では企業や各種団体が作る美しい絵や趣向を凝らしたカレンダーなどがある。「新暦」「初暦」はこれらを新年に使い始めること。新しい年への期待感が膨らむ。
掲句は、新年に使い始める「新暦」を「命減らす」と表現し、新年の期待感や華やぎよりも、残生(ざんせい)に対する深沈たる重いに誘う作品だ。この句の「新暦」はモダンなカレンダーよりも、一枚一枚剝いでゆく日めくりの暦が相応しい。一日ごとに一枚ずつ剝いでゆくので暦は次第に薄くなっていく。「命減らす」はある程度の老境に達した人のもつ、暦に対する率直な感慨だろう。暦が薄くなっていくとともに、自らの残りの命の日数も減っていくのだ。そこには、今生の一日一日を愛惜する思いも滲む。『俳句界』2025年1月号。
冬に店頭に並ぶ温室栽培の苺。露地物の苺の旬は初夏だが、品種改良やハウス栽培の技術が向上し、クリスマス需要に合わせて本来の旬よりも早い冬に食べられる苺が増えた。単に「苺」といえば夏の季語。なお、俳句で「冬苺」といえば山野に自生するバラ科キイチゴ属の常緑小低木のこと。冬に小さな赤い実が熟し、食べられる。以上のように「冬苺」と「冬の苺」とは全く別のものを指すので注意が必要だ。「冬の苺」も、季語として十分に熟していない憾みがある。

冬に見かける鷺のことで、主として留鳥のコサギ、アオサギ、ダイサギなど。冬季においても、水田や河川等の水辺で主に魚類等を捕食して、水辺付近の環境に生息している。一方、サギ科のチュウサギ、アマサギなどは夏鳥として本州以南に渡来し、冬季は越冬のため沖縄以南の地域に南下する。これら渡りをする鷺のうち怪我をするなどして冬も南方に帰れなかった鷺を「残り鷺」という。
下の写真は群れで生活するコサギ。
