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俳句の庭

  • 干葡萄のごとき乳房をガザの夏 長谷川櫂

    10月 22nd, 2025

    「夏」は立夏から立秋の前日までの約3ヶ月間。気象学では夏至から秋分まで。春夏秋冬の四季の中で最も暑く日差しが強い。

    掲句は、戦災地パレスチナのガザの夏を詠んだ作品。ガザ地区は周知のように、中東のパレスチナにある地中海に面した細長いエリア。2023年10月に始まったハマスとイスラエルの軍事衝突により、一般市民を含む多くの人々が亡くなっている。そのガザ地区の夏を、「干葡萄のごとき乳房」によって端的に描出した。赤子に乳を含ませようとしても、その乳房は干葡萄のように萎んでしまっているというのだ。俳句は戦争・戦禍に対して無力だが、それを承知のうえで、詠まずにはいられない思いがこの句にはある。『俳句四季』2025年11月号。

  • ゆりの木黄葉(ゆりのきもみじ)

    10月 21st, 2025

    「ゆりの木」(「百合の木」とも表記)は、北アメリカ原産のモクレン科ユリノキ属に属する落葉高木。日本には明治初期に渡来し、樹形がすっきりしているため、街路樹や公園樹として植えられている。秋には黄葉して黄色から黄褐色に変化し、落葉する。黄葉する時期はシラカバより遅く、イチョウより早い。「黄葉」の傍題。

  • 南仏紀行(14)

    10月 21st, 2025

    サン・ポール・ド・ヴァンスは、コートダジュールに点在する鷹の巣村のひとつ。村の真ん中に、サン・ポール・ド・ヴァンス参事会教会があった。古くから、村の人々の信仰と生活の拠り所として存在してきたことが窺える。アーチの高い天井の内部には、観光客が集まる村中の賑わいとは隔離されたような、素朴で荘厳な祈りの空間があった。

    下の写真はプロヴァンスの鷹の巣村ゴルドの聖フィルマン教会。フィルマンは初期キリスト教の布教者で、殉教の後、この地の信仰の象徴になった聖人の名だという。この教会もやはり村の中心部に位置し、中世の教会の跡地に18世紀に再建された。ロマネスク様式の厚い石造りの壁が特徴で、内部に重厚な雰囲気をもたらしている。主祭壇には、聖フィルマン像とマリア像が並んでいた。プロヴァンスの強烈な日差しの中を歩いてきた私たちには、ほっと一息つける癒しの空間だった。

    下の写真は、プロヴァンスのリュベロン地方にある鷹の巣村ルシヨンのサン・ミシェル教会。12世紀に建てられ、その後何度も修復された。教会は村の高台に位置し、村の象徴的な建物の一つ。かつては外敵からの防御機能も果たしていたという。炎天を歩き回った私たちは、ここでは石の冷たさと静けさに包まれてひと時を過ごした。

    下の写真はプロヴァンスのソー村の中心部にあるサン・サテュルナン教会。起源は12世紀に遡るが、その後たびたび修復が行われてきたことは他の教会と共通する。ステンドグラスを透した柔らかな光線が、主祭壇の聖母子像に降り注いでいた。戸外のラベンダーの香りが教会内部にも届いて、香しい祈りの空間を作り出していた。

    他にも多くの教会や大聖堂を訪れたが、本稿での教会等の紹介はこの辺りで終わりにしようと思う。

    私のようなキリスト教信仰とは無縁の人間でも、教会内部に足を踏み入れると、心が落ち着いて、それぞれの地に流れてきた歳月に思いを馳せる気持ちになったのは、不思議な体験だった。確かに教会内部には、中世以来地元で生涯を送った人々の生と死、愛と信仰が、目に見えない形で積み重なっていた。砂漠の中のオアシスのように、旅中の私たちは時々教会に立ち寄って、そのような空気に触れながら気持ちをリセットしていたように思う。

  • 楢茸(ならたけ)

    10月 21st, 2025

    キシメジ科の茸(きのこ)。ナラの木などに発生することからこの名がある。日本を含む北半球の温暖地域の広葉樹や針葉樹の枯れ木、切り株、倒木などに群生する。食用だが、人工栽培は確立されていない。「茸(きのこ)」の傍題。

  • 南仏紀行(13)

    10月 20th, 2025

    リヨン市内にはマルシェ(marché)が何カ所かあるが、今回訪れたのはローヌ、ソーヌ両川に挟まれたクロワ・ルース地区のマルシェ。プラタナス並木の通りの両側に1kmにわたって野菜、果物、パン、花、オーガニック製品などを売る店が並ぶ。手作り雑貨や織物小物の店も見かけた。特に果物売り場は、桃やプラム、桜桃、林檎、木苺などが、咲き競う紅の花々のように周囲に華やぎを広げていた。店主と顔見知りの客との間の親しげな会話を小耳に挟みながら、私たちはリヨン新市街の中心部へ向かった。

    新市街のオペラ座、リヨン市庁舎からベルクール広場にかけてのエリアは、銀行、証券取引所、商工会議所、宝飾店、ホテルなどが立ち並び、商業と金融の都としてのリヨンの顔となっている。新市街は概ね18~19世紀に建てられた建物群で、石造りのファサードやアイアンバルコニーなどを備え、クラシックとモダンが融合した端正な都市の景観を形作っていた。街路樹の木蔭で昼食のサンドウィッチを食べていると、私たちに〈Bon appétit(ボナペティ)〉と親し気に声をかけて通り過ぎて行くフランス人もいた。フランス語で「召し上がれ」という意味である。

    別の日に訪れたのがローヌ川の東岸のパール・デュー地区にあるポール・ボキューズ市場。リヨン出身の世界的な料理人ポール・ボキューズの名を冠した屋内常設のマルシェ。果物、パン、魚介、チーズ、加工肉、ワインなどの店が並び、マルシェと呼ぶにはいささか高級感があり過ぎるのが残念だったが、そこで片言のフランス語を操りながら、何とか量り売りのチーズを土産に買うことができた。

    レ・ピュス・ドュ・カナルというリヨン近郊の蚤の市に行ったのは、今回の旅行の最終日。因みに蚤の市とは、町の広場などで開かれる、古道具や古着、アンティーク品などを販売する露天形式の市場のこと。フランス語ではmarché aux puces(マルシェ・オ・ピュス)と呼ばれる。レ・ピュス・ドュ・カナルはフランスで2番目に大きい蚤の市で、6ヘクタールの敷地に家具、骨董品、装飾品、家具、古着などから食器、カメラ、本、雑貨に至る幅広いジャンルの品々が並び、掘出し物を求めて来場した多くの人で賑わっていた。クラシックカーやオートバイなども出品されていた。

    今回の旅行中、どの町や村にも、規模の大小を問わず、地産地消のマルシェが定期的に開かれていた。輪島の朝市などを除いて、日本ではマルシェと呼べるような定期市はめったに見ることはできない。日本には生産者と消費者が出会う場所がほとんど皆無だ。旅行者である私たちは日頃の食材調達を主としてスーパーに依存して過ごしたが、フランス人の間には依然としてマルシェの文化が根強く息づいているように見えた。その根底には、生産者との交流や地域のコミュニティ、本物の食材への志向などをコスパより重視する、フランス人の暮らし方があるのだろう。

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