「落鮎(おちあゆ)」は、秋に産卵のために川を下る鮎のこと。その頃の鮎は腹が赤みを帯び錆びたような色になるので「錆鮎」ともいう。産卵した鮎は、体力を消耗して多くは死ぬ。
掲句は県境を流れる柳瀬川の川べりを歩いたときの作品。川は浅瀬となり淵となりながら流れていく。既に秋も半ばを過ぎ、鮎も下流に落ちて行く頃だ。そう思いながら淵を眺めていると、夏の頃より淵の青みが増しているように思えた。淵は、少し緑色の混じった青い色合いなので、「青」ではなく「碧」の字を用いた。令和6年作。
「落鮎(おちあゆ)」は、秋に産卵のために川を下る鮎のこと。その頃の鮎は腹が赤みを帯び錆びたような色になるので「錆鮎」ともいう。産卵した鮎は、体力を消耗して多くは死ぬ。
掲句は県境を流れる柳瀬川の川べりを歩いたときの作品。川は浅瀬となり淵となりながら流れていく。既に秋も半ばを過ぎ、鮎も下流に落ちて行く頃だ。そう思いながら淵を眺めていると、夏の頃より淵の青みが増しているように思えた。淵は、少し緑色の混じった青い色合いなので、「青」ではなく「碧」の字を用いた。令和6年作。
四季を通して月は見られるが、「冬の月」は寒さの中で仰ぐ月であり、その冴え冴えとした光には静かで研ぎ澄まされた美しさと荒涼たる寂寥感がある。
掲句は眼前に昇った「冬の月」を詠んだ作品。遮るもののないその冴え冴えとした月光の中で胸裏に浮かんだのが、かつて見た釈迦如来像や阿弥陀如来像の印を結んだ繊い指だった。人を差し招くような、また、拒むような如来の手の印象が、長い間私の心の中に残っていたものと見える。平成19年作。『春霙』所収。
「冬桜」は11月頃から翌年1月頃にかけて一重の白い花をつける。ヤマザクラとマメザクラの自然交配種とされる。寒さの中で疎らに咲く花の楚々とした佇まいは印象的だ。
掲句は、地元の小学校の校庭に植えられている「冬桜」の佇まいを詠んだもの。咲き盛るというにはほど遠く、ぽつぽつと花を咲かせている「冬桜」の、どこか床しい印象を言葉で捉えようとしてこんな句になった。「冬桜」を愛でるとき、花の一輪一輪が最も澄んで感じられる程よい距離があるようだ。平成16年作。『春霙』所収。
「草城忌」は俳人日野草城の忌日で、1月29日。1956年のこの日、54歳で死去。草城は、初期の写生を基盤とした華麗でモダンな句風から、中期の無季を容認した革新的な新興俳句へ、そして、主として病床で過ごした晩年には静謐で人生の深みを見つめる句風へと変化した。
掲句は、冬に長野の野辺山高原に滞在したときの作品。八ヶ岳を越えてくる北西の風に、夜昼となく山が鳴り、風花(かざはな)が舞った。風花は本来は青空に舞う雪のことだが、からりと晴れた夜空に舞う雪を風花と呼んでもいいだろう。自分の唇を意識したところに、若年の頃の草城の句風に通じるものがあると感じた。平成17年作。『春霙』所収。