夏の暑さの表現には、薄暑、溽暑、炎暑など様々な言い方があるが、「暑し」はその最も一般的な表現。どのような対象や場面に暑さを感じるかは、人それぞれの感覚の働きによる。
掲句は、私が生まれ、現に住んでいる「坂東(ばんどう)」の暑さを詠んだ作品。「坂東」とは箱根より東の国のこと。「関東」「関八州(かんはっしゅう)」などの呼称もあるが、私はより重厚な「坂東」という呼び名が好きだ。海から離れた内陸性気候であり、寒暖の差が激しく、夏の盛りの暑さは手強いものがある。令和2年作。
夏の暑さの表現には、薄暑、溽暑、炎暑など様々な言い方があるが、「暑し」はその最も一般的な表現。どのような対象や場面に暑さを感じるかは、人それぞれの感覚の働きによる。
掲句は、私が生まれ、現に住んでいる「坂東(ばんどう)」の暑さを詠んだ作品。「坂東」とは箱根より東の国のこと。「関東」「関八州(かんはっしゅう)」などの呼称もあるが、私はより重厚な「坂東」という呼び名が好きだ。海から離れた内陸性気候であり、寒暖の差が激しく、夏の盛りの暑さは手強いものがある。令和2年作。
「黴」(かび)は、菌類のうち茸にならないものの総称。梅雨を始めとして夏の高温多湿の状態では、食物や書籍、衣服などあらゆるものに黴が発生する。我々は、生活空間の様々なところで黴を目にする。放っておかれて黴びないものはない。
掲句は、職場から派遣された研修で明治以来の古文書を目にする機会があり、その綴じ方や紙質に時代の推移を感じてできた作品。明治時代の文書が、日本伝統の和綴じで端正に仕上げられていたのに対し、昭和初期や戦時中の文書が、劣悪なざらざらした紙を用いていて、劣化著しいのを目の当たりにしたのだった。下五の「黴の中」は、無慈悲で容赦のない月日の経過を表そうとした。平成14年作。『河岸段丘』所収。
百合は、ユリ科の多年生球根草で6~8月頃開花する。固有種の山百合、鉄砲百合などのほか、大陸から渡来した鬼百合など、日本に自生する百合は数多い。その中でも私は特に、山百合の野生と気品を併せ持つような趣に惹かれる。
掲句は、開花した山百合の雌蕊がとろりとした雫をつけて鈍くひかっているのを眺めていての作品。花の中央にある雌蕊は、いつ来ても生々しく濡れていて、動物めいた逞しさを感じた。平成22年作。
学校の「夏休み」は、地域による違いはあるが、関東近辺では7月下旬から8月いっぱい。会社でも、夏季休暇として、特別の休暇を認めているところは多い。特に子供にとっては、夏休みを迎える解放感には、格別のものがあるだろう。
掲句は、町中で見掛けた情景をそのまま句にしたもの。母親が、兄弟らしき2人の子と手をつないで歩いていた。学校が夏休みに入る時期になると、戸外で見掛ける子供の数が急に増えるような気がする。親たちも、子供たちと一緒になって夏の解放感を楽しんでいるのだろう。
「涼し」は夏の季語。暑い夏だからこそ、涼しさに敏感になり、風やせせらぎや木陰など、暫くの間だけでも感じられる涼しさを楽しむ。
掲句は、公園を散歩していての作品。コロナ禍の外出自粛の日々の中で、朝の散歩は生活のリズムを作るうえで大切な日課だった。公園では若者や老人が、それぞれの歩幅でジョギングや散歩を楽しんでいた。誰からも干渉されないで身体を動かす朝の時間は、誰にとっても貴重なのだ。令和2年作。