「息白し」は、気温が低い冬の朝などに、吐く息に含まれる水蒸気が冷やされて白く見えること。
掲句は奥武蔵の原木場での所見。とある無人駅の前に、スギやヒノキの丸太が山積みになり、黒いジャンパーを着込んだ男たちが小さな手帳を手に糶(せり)の最中だった。この辺りの材木は西川材と称する地域のブランド材。江戸時代には、この地域の木材を筏で江戸まで流送していたという。平成6年作。『河岸段丘』所収。
「息白し」は、気温が低い冬の朝などに、吐く息に含まれる水蒸気が冷やされて白く見えること。
掲句は奥武蔵の原木場での所見。とある無人駅の前に、スギやヒノキの丸太が山積みになり、黒いジャンパーを着込んだ男たちが小さな手帳を手に糶(せり)の最中だった。この辺りの材木は西川材と称する地域のブランド材。江戸時代には、この地域の木材を筏で江戸まで流送していたという。平成6年作。『河岸段丘』所収。
梅雨寒は雨が降り続く梅雨の時期に一時的に気温が下がり、肌寒く感じられること。
掲句はかつて通勤者だった頃の、日比谷公園での作品。改めて調べてみると、日比谷公園の鶴の噴水が作られたのは明治38年頃で、公園等での装飾用噴水としては、日本で3番目に古いものだという。池の真ん中に、銅製の鶴が翼を広げたまま水を噴き上げている様は、昼休みの散歩の時などに度々目にした。その日は梅雨寒の小雨が降る中、傘をさしてしばらく眺めていた記憶がある。雨空へ嘴を向けて立っている銅製の鶴に梅雨寒を感じたことが、この句ができた契機。平成5年作。『河岸段丘』所収。
「秋霖(しゅうりん)」は、秋の長雨のこと。夏の夕立のような激しい雨ではなく、時に一日中、或いは数日間にわたり静かに降り続く。
掲句は母方の祖父が亡くなり、四十九日の法要を済ませて納骨したときの作品。「男」と素っ気なく言っているが、実際に卒塔婆を担いでいたのは父であった。そんな時の雨は冷え冷えと胸に沁みるものである。私としては、初期の作品に属する一句。その年の5月に生まれた次男が、葬儀の雰囲気に異様なものを感じたのか、法要の最中に泣き出したことを覚えている。平成4年作。『河岸段丘』所収。
「つりがねにんじん」は漢字表記では「釣鐘人参」。キキョウ科の多年草。全国の山地、高原などに自生する。晩夏初秋の頃、淡紫色の釣鐘の形をした花を下向きにつける。
掲句は八ヶ岳の東麓の野辺山高原での作品。林縁にこの花をよく見かけた。花の一つ一つが鐘の形をしているので、耳元で振ってみたいと思うような可憐な花だ。既に初秋の頃で、避暑期のピークは過ぎ、日暮れの気配が辺りに漂っていた。稜線の向こうに日が落ちると、たちまち夜闇が被さってくる頃だった。平成10年作。『河岸段丘』所収。
「稲妻」は、放電現象により空に走る電光のこと。雷が遠方のために雷鳴が聞こえず、光だけが見えるものや、雨を伴わないものを指すことが多い。
掲句は八ヶ岳山麓の野辺山高原に滞在中の作品。昼間は佐久平を隔てて遥か北に望まれた浅間山のなだらかな山容も、夜になるとすっかり闇に包まれる。その夜は、時折遠い雷が音もなく、瞬くように空や近くの山々や四辺の木々を照らし出していた。「稲妻」により昼間眺めた野の起伏が遥かまで照らし出される様を想像した。令和7年作。