夏には青々としていた庭や公園の芝生は、冬になると枯れて一面狐色になる。日のあるときはあたたかそうな枯芝も、曇天や雨の日は寒々としてわびしい感じだ。
掲句は冬の公園風景を句にしたもの。冬晴れのある日、広々とした枯芝の上で、若者たちが馬跳びをしていた。部活動かサークル活動の一環らしかった。彼らが一列に並んで上体をかがめ跳び箱の形になると、最後尾の一人がそれを軽々と跳び越えていった。彼らの健康な肢体の無心の躍動を、私はしばらく佇んで眺めた。平成16年作。『春霙』所収。
夏には青々としていた庭や公園の芝生は、冬になると枯れて一面狐色になる。日のあるときはあたたかそうな枯芝も、曇天や雨の日は寒々としてわびしい感じだ。
掲句は冬の公園風景を句にしたもの。冬晴れのある日、広々とした枯芝の上で、若者たちが馬跳びをしていた。部活動かサークル活動の一環らしかった。彼らが一列に並んで上体をかがめ跳び箱の形になると、最後尾の一人がそれを軽々と跳び越えていった。彼らの健康な肢体の無心の躍動を、私はしばらく佇んで眺めた。平成16年作。『春霙』所収。
凍豆腐(しみどうふ)は高野豆腐とも称し、寒冷地の特産物。豆腐を屋外で凍らせた後、それを天日に乾してつくる。
掲句は長野を旅行したときの作品。旅宿に一泊した朝、西の山々が寒気の中であかあかと日の出に映えていた。その辺り一帯は凍豆腐作りが盛んで、豆腐を藁で縛り、戸外に吊している光景を見かけた。平成9年作。『河岸段丘』所収。
夜長は秋の夜が長く感じられること。暑い夏を経て涼しい夜が長くなるのは嬉しいことだが、ときには夜の長さを持て余すこともある。
掲句は平成11年に父が急逝したときの作品。いつも灯っていた父母の寝間が暗いまま夜が更けてゆき、その暗がりが、ぽっかりと空いた心の空洞のように思えた。3人の子と2人の孫に限りない愛情を注いでくれた父のことを、今でも懐かしく思い起こす。平成11年作。『河岸段丘』所収。
露草は、夏の暑さがピークを越える頃、気がつけば路傍のあちこちに花をつけているありふれた雑草の一つだが、その小さい花の混じり気のない瑠璃色には、造化の妙を感じる。小さな花の中に宇宙の精髄が詰まっているようだ。
掲句は、足元の露草に目をとめながら、飯田龍太の〈露草も露のちからの花ひらく〉の作を思い起こしてできた一句。私が俳誌『雲母』で龍太の選を受けていたのは平成2年半ばから終刊までの2年余。毎日俳壇(龍太選)にせっせと応募していた時期もあった。三十代の俳句初学の頃のことである。平成30年作。

無患樹(むくろじ)はムクロジ科ムクロジ属の落葉高木。晩秋の頃、直径2センチほどの実(無患子)が黄褐色に熟す。
掲句は平成11年9月に死去した父を偲んで作った一句。作句の契機は、川にかぶさるように枝を張り実をつけている無患樹を眺めていて、ふと父のことを思い浮かべたことによる。急性心不全による突然の死だったので、20余年経った今でも生前十分語り合えなかったことを残念に思っている。令和5年作。