「虫」は秋に鳴く虫の総称。その鳴き声を愛し、楽しむ。立秋の頃から鳴き始めた「虫」も、秋が深まる頃になると、日々鳴き細ってゆく。
私の母の忌日は10月26日。令和元年のこの日自宅で倒れ、その日のうちに病院で死去した。毎年秋が深まる頃になると、母のことが頻りに思い出される。目に浮かぶその面影は、若い頃の母であることもあるし、晩年の母であることもある。折から、毎夜鳴きしきっていたコオロギもいつしか数が減り、声が細くなってくる。未明に東の空に残っている月も日に日に細ってくる。令和6年作。
「虫」は秋に鳴く虫の総称。その鳴き声を愛し、楽しむ。立秋の頃から鳴き始めた「虫」も、秋が深まる頃になると、日々鳴き細ってゆく。
私の母の忌日は10月26日。令和元年のこの日自宅で倒れ、その日のうちに病院で死去した。毎年秋が深まる頃になると、母のことが頻りに思い出される。目に浮かぶその面影は、若い頃の母であることもあるし、晩年の母であることもある。折から、毎夜鳴きしきっていたコオロギもいつしか数が減り、声が細くなってくる。未明に東の空に残っている月も日に日に細ってくる。令和6年作。
晩秋初冬に蒔かれた麦は、冬を越して晩春には青々とした穂が出る。一進一退を繰り返しながら、寒さに耐える季節から汗ばむ季節へと季節が移り変わってゆく時季である。「麦」「麦の穂」などは初夏の季語。
掲句は、青々とした麦が穂を伸ばす頃、頸(くび)を吹く風の感触の変化を詠んだもの。春先になっても、関東平野を吹く風はにべもなく冷たく尖って感じられるが、その風も漸く和らいできたと実感したのは、その時のことだった。折から、近くの麦畑の麦が真っ直ぐに穂を伸ばしていた。令和7年作。
「鶯(うぐいす)」はスズメ目ウグイス科ウグイス属の留鳥。全国の山地の明るい笹藪などに生息する。春先は覚束なかった鳴き声も、春が深まるにつれて美しくなる。
掲句は高嶺が新雪を被った朝の情景を詠んだもの。晩春初夏の頃、山麓や山腹に雨が降ると、山頂辺りが雪になることはよくあることだが、その朝雨上がりに戸外に出たときも、赤岳などの八ヶ岳連峰は目の覚めるような新雪を被り、折りからの日の出を受けて朱鷺色(ときいろ)に染まっていた。昨日までの残雪に、さらに雪が降り重なったことが遠見にも分かった。令和7年作。
「筒鳥(つつどり)」はカッコウ科の鳥類で、日本には夏鳥として渡来する。低い声でポポ、ポポと繰り返し鳴くが、声はくぐもって聞き取りにくく、深山の趣がある。郭公などと同様、托卵の習性がある。
掲句は近くの雑木林で聞きとめた「筒鳥」を詠んだもの。初めに声を聞いたときは、半信半疑だった。「筒鳥」といえば、それまで深山幽谷でなければ声を聞くことができないイメージを持っていたからだ。耳を澄ましていると、その微かな声が山の心音のように思われてきた。令和7年作。
「黄金虫(こがねむし)」は甲虫目コガネムシ科の昆虫。黄金虫とも表記する。金緑色、青銅色などの金属光沢がある。夏の夜、灯火などへ飛び込んでくる。指で小突くと死んだふりをしてポトリと落ちる。
掲句は昼間野原で捕まえた仮死状態の金亀子を宙に抛り投げたときの作品。掌の上で死んだようになっていた金亀子が、投げ上げた途端、地面に落ちずに飛び去ったことに新鮮な驚きがあった。マツヨイグサの花びらを食べていた金亀子だった。平成21年作。『春霙』所収。