「白露(はくろ)」は二十四節気の一つ。秋分より15日前で、太陽暦では9月8日頃。ようやく秋の気配が濃くなり、朝晩と日中の気温差が大きくなる。朝日を受けて草露がきらきらと輝く。
朴(ほお)は初夏の頃枝先に白い芳香のある大きな花を咲かせた後、長楕円形の実ができる。実は9月から11月にかけて赤く熟す。掲句は「白露」の頃の熟し始めの朴の実の色合いを詠んだ作品。ほのぼのと紅色が兆した朴の実に、季節の確かな足取りを感じた。令和4年作。
「白露(はくろ)」は二十四節気の一つ。秋分より15日前で、太陽暦では9月8日頃。ようやく秋の気配が濃くなり、朝晩と日中の気温差が大きくなる。朝日を受けて草露がきらきらと輝く。
朴(ほお)は初夏の頃枝先に白い芳香のある大きな花を咲かせた後、長楕円形の実ができる。実は9月から11月にかけて赤く熟す。掲句は「白露」の頃の熟し始めの朴の実の色合いを詠んだ作品。ほのぼのと紅色が兆した朴の実に、季節の確かな足取りを感じた。令和4年作。
「十月」は暑くもなく寒くもなく過ごしやすい月。月の初めは秋の長雨が続くことがあるが、月の後半は天気も安定し朝晩は気温も下がってくる。野山に紅葉が始まり、稲や果物など農産物が収穫時期を迎える。
掲句は秋が深まるにつれて大気が澄み、くっきりと姿を見せる富岳に、「十月」に対する感慨を重ねた作品。「十月」は極暑の関東平野に住む者にとって、暑さから解放される好季節だ。それまで見えなかった遠い山並みが、克明に姿を現す。加えて、「十月」は、飯田蛇笏の忌日(10月3日)が巡ってくる月でもある。朝の散歩のときに、富士を遠望しながら何気なくできた作品だが、蛇笏に対する遥かなる思いが、この句の背景にあると思っている。令和6年作。
野鳥の多くは春から夏にかけて繁殖期を迎える。巣を作り、その中にいくつかの卵を産む。「鳥の卵」や「抱卵季(ほうらんき)」は春の季語。一方、「巣立鳥」は夏の季語になっている。
今年の5月から6月にかけて、玄関輪わきのチャイニーズホーリーにメジロが巣を作った。頻繁に人の出入りするところにまさか、と最初は半信半疑だったが、ある日そっと巣を覗くと、卵が3個産みつけられていた。その後、番いが交代で卵を抱いていた。オスの方が少し体が大きいので、どちらが抱卵しているのかがよく分かった。
鳥の巣に近き一枝に馬具を干す
も、同時期の作品。こちらは実景そのままの作品である。令和7年作。
「赤のまま」は「赤のまんま」ともいい、山野や路傍に自生するタデ科の一年草。初秋の頃、小粒の穂状の紫紅色の花を咲かせる。この花をしごき取り、赤飯にみたてて、ままごとに使って遊んだことからこの名がある。
森澄雄と飯田龍太はいつも対比して論じられてきた。
白をもて一つ年取る浮鴎 澄雄 大寒の一戸もかくれなき故郷 龍太
この2句を比べるまでもなく、漂泊の思いを詩情の根底に置く澄雄と故郷への定住・土着を肯定し、そこで生涯を送った龍太のそれぞれの句風は、対極にある作品世界として意識されてきた。「赤のまま」を取り合わせることにより、生前お互いに認め合ったこの二人の作品世界がより懐かしく感じられれば幸いだ。平成28年作。
「トマト」は南米ペルー原産のナス科の野菜。夏野菜の一つ。真っ赤に熟した実はみずみずしく、ほどよい酸味とほのかな甘味がある。
掲句は畑で熟れる前の青いトマトを目にしての作品。実と実が押し合っている充実感は盛夏そのものの感があった。「凡愚」は、
ふるさとの山は愚かや粉雪の中 龍太
などの句中の「愚」の一語が心にあって浮かんできた言葉。「青トマト」のもつ強健な爽やかさが、この言葉から感じられれば幸いだ。平成30年作。