「囀(さえずり)」は繁殖期を迎えた鳥たちの、求愛や縄張りを知らせる鳴き声。
掲句は、欅や櫟が芽吹きはじめた雑木林の中に佇んで、シジュウカラやホオジロの囀りに耳を澄ませていての作品。梢でシジュウカラが鳴くと、別の梢でも負けずに鳴くシジュウカラ。縄張り宣言をし合っているのだと思うが、声のさざ波を送り合っているようにも聞こえた。林は、春を迎えた鳥たちの明るい声に満ちていた。平成23年作。
「囀(さえずり)」は繁殖期を迎えた鳥たちの、求愛や縄張りを知らせる鳴き声。
掲句は、欅や櫟が芽吹きはじめた雑木林の中に佇んで、シジュウカラやホオジロの囀りに耳を澄ませていての作品。梢でシジュウカラが鳴くと、別の梢でも負けずに鳴くシジュウカラ。縄張り宣言をし合っているのだと思うが、声のさざ波を送り合っているようにも聞こえた。林は、春を迎えた鳥たちの明るい声に満ちていた。平成23年作。
「桜」は花の中の花。古来より詩歌に歌われ、日本人に愛されてきた花である。山野に自生する野生種のほか、ソメイヨシノを初めとする多くの栽培種がある。
掲句は近くの公園のソメイヨシノを念頭にしてできた作品。公園に植えられた桜の多くはソメイヨシノで、一様に樹齢を重ねてきた。皆同時期に植えられた桜なのだろう。どの木も梢などに樹勢の衰えが見え、朽ちかけた大枝が切り落とされたりして、最盛期からみれば見栄えがしなくなったのは致し方のないことだ。今年も春が巡ってきて、人も桜も齢を一つ加えて相会うことができた。お互いに年を取ったなという感慨だ。平成29年作。
「初蝶」は春になって、その年初めて見かける蝶のこと。目の前に不意に現れるので、幻を見たように感じる。春の訪れを実感する一瞬だ。
掲句は、「天地(あめつち)」の中に「初蝶」を点じて、春になって初めて蝶に出会った驚きを表現しようとした作品。3月頃「初蝶」を見かけたとき、野や林の中にはたっぷりとした日差しがあったが、季節の動きはまだまだ遅々としたものだった。「初蝶」とそれを取り巻く「天地」だけで、この世が成り立っているように思えた。令和3年作。
春陰は曇りがちな春の天候をいう。同時期の季語「花曇」「鳥曇」より暗く重いニュアンスがある。
掲句は身辺で見聞きしたことを契機にした作品。近所の家が壊されてさら地に戻る光景は珍しいものではない。家が壊されるのと同時に庭木が掘り返されたり、塀が取り払われたりして、あっという間にただのさら地になってしまう。元に戻っただけともいえるが、人間の営みが跡形もなく消えてしまうところは、一抹の寂しさを伴う光景だ。「春陰」という季語が、その時の私の心の中を言い当てているように思えた。平成31年作。
「草青む」は、春になって草が青々と地上に萌え出てくること。夜が明けたばかりの野に出ると、露をふくんだカラスノエンドウやハコベなどの草々の緑が目に沁みるようだ。
掲句は長野のとある牧場で、ケージに入っている生後間もない仔牛を見たときの作品。飼葉桶には干草が入っていたが、仔牛に近づくと乳(ち)の匂いが鼻を突いた。母牛の母乳か人工乳の匂いだったのだろう。周りには、折から萌え出た草の緑が目に鮮やかだった。平成28年作。