夏至後の第3の庚 (かのえ) の日を初伏、第4の庚の日を中伏、立秋後の最初の庚の日を末伏といい、この三つをあわせて「三伏(さんぷく)」という。おおむね7月中旬から8月中旬にかけての期間であり、夏の最も暑い時期である。
掲句は日照雨(そばえ)が降った後の野山の雨つゆの光に、夏という季節のいのちを感じ取ってできた作品。雨雲が過ぎた後、野はきらきらと元の明るさを取り戻した。声を潜めていた諸鳥も鳴き始めた。夏の全貌が込められているような「三伏」という季語が、この場合ピッタリだと感じた。平成30年作。
夏至後の第3の庚 (かのえ) の日を初伏、第4の庚の日を中伏、立秋後の最初の庚の日を末伏といい、この三つをあわせて「三伏(さんぷく)」という。おおむね7月中旬から8月中旬にかけての期間であり、夏の最も暑い時期である。
掲句は日照雨(そばえ)が降った後の野山の雨つゆの光に、夏という季節のいのちを感じ取ってできた作品。雨雲が過ぎた後、野はきらきらと元の明るさを取り戻した。声を潜めていた諸鳥も鳴き始めた。夏の全貌が込められているような「三伏」という季語が、この場合ピッタリだと感じた。平成30年作。
「冷酒(ひやざけ)」は、日本酒を燗をせずに飲むこと。夏は暑いので冷(ひや)のまま、或いは冷蔵庫などで冷やして飲む。「冷し酒」「冷酒(れいしゅ)」などともいう。
掲句は、三越の陶器売り場で備前焼のぐい飲みを手にしながら、その焼け肌の手触りを愉しんだときの作品。夏の夕べのひと時、そのぐい飲みに「冷し酒」をなみなみと注ぐ場面を想像してみた。 古備前といえば、鎌倉時代から桃山時代にかけて作られた備前焼のことで、実際に手にする機会はないが、想像の中でならどのような経験も可能だ。平成27年作。
「烏蝶(からすちょう)」は黒地に緑の光沢をもつカラスアゲハのことで、夏に見かけることが多いことから、他の揚羽蝶とともに夏の季語になっている。
掲句は、清瀬中央公園の石田波郷句碑を訪れたときの作品。この公園は、波郷が戦後の一時期療養生活を送った国立療養所清瀬病院の敷地であった。今でも木立の多い公園内を散歩すると、行く手に病衣を着た波郷の姿が見え隠れするような錯覚に囚われる。〈七夕竹惜命の文字隠れなし〉〈遠く病めば銀河は長し清瀬村〉の句が刻まれている句碑の前にしばらく佇んだ。その場を立ち去り難かったのは「烏蝶」というよりも、私自身であったのかも知れない。令和3年作。

雀鷹(つみ)の巣立ちは7~8月頃。雀鷹は日本最小の猛禽類で、鳩くらいの大きさの鳥。近隣の公園や雑木林でもキィーキキキキキッとの特徴ある節回しの声から、その辺りに雀鷹が棲んでいることを知ることが多い。
掲句は、東京練馬区の石神井城址を散策しての作品。1477年、太田道灌に外城を攻め落とされた豪族・豊島泰経は、石神井城を捨てて敗走し、足取りは不明のままだという。その後は城として使われた形跡はなく、現在は内郭の空堀・土塁が石神井公園内に残るのみだ。その場に佇みながら、廃城として経過した五百余年の歳月を思った。空堀や土塁の跡の森には、その年も頻りに幼鳥らしい雀鷹の鳴き声がしていた。令和2年作。
「夏果(なつはて)」「夏の果」は夏の終りのこと。厳しい暑さの続いた夏も、終わりとなれば名残惜しいものである。
掲句は母が亡くなって一年経った頃の感慨を句にしたもの。生前の母のモノは大方そのままになっていて、旅行鞄やスーツケースもその中の一つだ。必要があって納戸から出して見るたびに、旅行好きだった母のことや、晩年に母を連れて家族旅行に出かけたときのことが思い起こされた。令和2年作。