「冬立つ」は「立冬」(二十四節気の一つ。11月8日頃)と同義だが、「立つ」の擬人化が、冬という季節の到来をより身近に実感させるところがあろう。いよいよ冬将軍がお出ましになったという感じである。
20年前に父が、この年に母が亡くなり、気がつけば父母と過ごした月日は全て過去のものになっていた。そんな私の家の中に、今年もずかずかと冬がやってきた。令和元年作。
「冬立つ」は「立冬」(二十四節気の一つ。11月8日頃)と同義だが、「立つ」の擬人化が、冬という季節の到来をより身近に実感させるところがあろう。いよいよ冬将軍がお出ましになったという感じである。
20年前に父が、この年に母が亡くなり、気がつけば父母と過ごした月日は全て過去のものになっていた。そんな私の家の中に、今年もずかずかと冬がやってきた。令和元年作。
寒夜は寒さの厳しい冬の夜。草木は枯れ、人も獣も動きをひそめる季節。夜はしんしんと更け、ただ爛々と輝く星々が夜空を渡っていく。
掲句は肌を刺すような寒気の中で、沢山の星を仰いでいての作品。多くの星座は整然と夜空を押し移っていくが、木犀や土星など太陽系の星は時期によって所を変えて出現する。その夜は二つの星が接近したまま西へ移っていった。明治時代の正岡子規と高浜虚子の、時には反発し合いながらの子弟を越えた強い結びつきを思った。平成31年作。
行く年は、年の暮れに当たり、一年間の出来事を振り返り、来し方に思いを巡らせる気持ちがこめられている季語。
掲句は、過ぎ去ろうとしている一年を惜しみつつ空を仰いでの作品。宵の空には早くも月が高々と上がり、それに続いて大粒の星が上ってきていた。それらを目で辿りながら、一年の間の出来事を思い浮かべた。平成27年作。
「息白し」は冬、気温が低くなって、人や動物の吐く息が白く見えること。息を白く吐きながら駅へ急ぐ人々の姿に、冬になったことを実感する。寒気の中で白々と吐く息は、生きている証でもある。
掲句はとある美術館で、壁に掛けてある能面を前にしての作品。木彫の能面が実際に息を吐くことはないが、動と静の境にいるような能面の表情、ことにその半開きの口を見ていて、話し出すところをありありと思い描いた。笑みとも愁いともつかぬ女面のもつ中間表情がそのような想念を誘い出したのかも知れない。平成27年作。