「巣箱」は、小動物や野鳥を繁殖させるために作られた人工の箱。小鳥のために木の幹に掛けられているのを、公園などでよく見掛ける。春先などに、樹齢何年とも知れない老木に真新しい巣箱が掛けてあるのは、初々しい眺めだ。一方、春が過ぎようとする頃になっても営巣に使われずに空のまま放置されている巣箱には、一抹の寂しさがあろう。

「巣箱」は、小動物や野鳥を繁殖させるために作られた人工の箱。小鳥のために木の幹に掛けられているのを、公園などでよく見掛ける。春先などに、樹齢何年とも知れない老木に真新しい巣箱が掛けてあるのは、初々しい眺めだ。一方、春が過ぎようとする頃になっても営巣に使われずに空のまま放置されている巣箱には、一抹の寂しさがあろう。

「春寒」は、早春の頃の寒さのことで、初春の季語になっている。「余寒」「冴え返る」もほぼ同意の季語。仲春以降に感じる寒さは、「彼岸寒」「花冷え」「木の芽寒」「苗代寒」「八十八夜寒」などと、時季や場面に応じて表現する。東京近辺でも、桜が散った後、思わぬ寒さが訪れることがある。仲春・晩春に訪れる寒さを、他に適切な季語がない場合、「春寒」と表現してもいいような気がするが、いかがであろうか。

春の山が、いかにも春の山らしい装いとなるのは、仲春以降だろう。初春の頃にも、いち早く囀る四十雀など、春の気配はそこここに表れているのだが、木の芽がほぐれながら、日差しを遮ることもない明るい山中には、春が満ち溢れている。百千鳥の鳴き声に、キツツキの幹を叩く音。近くの藪で不意に鳴き始めた小綬鶏の声。木五倍子が咲き、山茱萸が咲き、山吹が咲く。冬の間とは打って変わって、人にやさしく触れていく風の感触も、春そのものだ。
春が深まるにつれて、山中は葉を広げる木々に遮られて暗くなっていく。諸鳥の声にも、営巣の初期のような賑やかさは無くなって、落ち着いてくる。そこここに夏の兆しが表れてくるのも、その頃だ。

花の盛りを過ぎて、散り残っている桜のこと。桜は一気に満開になった後、花数を徐々に減らしながらも、暫くは散り残っている。盛りの花の印象を目に焼き付けたまま、残花を前に、今年の桜の名残を惜しむ。だが、そうした日々も忽ち過ぎて、葉桜の季節を迎える。

落葉樹は、春から夏にかけて芽を広げて瑞々しい若葉となり、秋から冬にかけて紅葉・黄葉となって散っていくが、竹は3月から4月にかけて葉や幹を黄ばませる。地下茎で繋がっている筍に栄養分を取られるためだ。「竹の秋」は、このような状態の竹のことを指す春の季語。陰暦3月の異名でもある。黄ばんできた竹は、初夏にかけてしきりに葉を散らす。筍が土中から先端を覗かせるのもこの頃だ。
