春の到来を待ち望むこと。長く厳しい冬がようやく寒さの峠を越して、寒い中にも時折春の訪れを感じる頃、新しい季節を待つ気持ちが強まる。特に暗く鬱陶しい冬を耐えてきた雪国の人々にとって、春を待つ思いは切実だ。1月の中旬にもなると、日脚の伸びが実感できるようになり、旅行の計画を立てたり、春服を用意したりする。


春の到来を待ち望むこと。長く厳しい冬がようやく寒さの峠を越して、寒い中にも時折春の訪れを感じる頃、新しい季節を待つ気持ちが強まる。特に暗く鬱陶しい冬を耐えてきた雪国の人々にとって、春を待つ思いは切実だ。1月の中旬にもなると、日脚の伸びが実感できるようになり、旅行の計画を立てたり、春服を用意したりする。


「芹」はセリ科の一、二年草で春の季語であるが、水辺に自生したり栽培したりして冬季に採れるものを「寒芹」という。葉から茎、根にいたるまで鍋物に利用されるほか、「根白草」として新年の七草粥にも入れられる。

年の日数がいくらもなくなった年内のこと。一年が残り少なくなった感慨がこもるが、「年の暮」ほど差し迫った感じはない。近年では、クリスマスを過ぎると街中は「年の内」の雰囲気になる。新年を迎える準備で何かと忙しない頃である。

初詣の際寺社で分かたれる厄除けの弓や矢。宮中で正月に行われていた弓の儀式「射礼」に由来するという。元々、縄で作った輪を射る子供の遊びがあり、輪を「はま」、弓を「はま弓」、矢を「はま矢」と言った。後に、「はま」が「破魔」に通じるとして、前年に生まれた男児の健やかな成長を祈ってその弓矢を初正月に贈答するようになった。今は正月の厄除けの縁起物として神社で買い求め、お守りとして家内に飾る。

座敷などに立て仕切り、隔てや目隠しにする移動可能な障屏具。折り畳みのできる「屏風」とともに、昔は家屋の隙間風を防いだり仕切りとして使用されていたが、現代では、美術品として鑑賞されたり祝い事など様々な場の装飾品となった。歳時記には「屏風」の傍題として出ている。
