梅の葉が紅葉すること。他の木の紅葉ほどの鮮やかさはない。秋の深まる頃静かに紅葉し、気づかないうちに散ってしまう。梅の花ほど人々の関心を引かないが、その目立たないところに趣があるともいえる。

梅の葉が紅葉すること。他の木の紅葉ほどの鮮やかさはない。秋の深まる頃静かに紅葉し、気づかないうちに散ってしまう。梅の花ほど人々の関心を引かないが、その目立たないところに趣があるともいえる。

「黄葉(こうよう、もみじ)」は、イチョウやナラなどの落葉樹の葉が秋に黄色に変化すること。歳時記には「黄葉」と並んで「銀杏黄葉」「柏黄葉」などが別建てで季語として掲載されているが、「榎黄葉」は見掛けない。しかし秋が深まった頃の榎の黄葉は遠くからでも目立ち、色鮮やかだ。

タチウオ科に属する海魚。平たく細長い体をもち、体色は銀灰色で鱗はない。銀色に光る体が刀のように見えるため名づけられたという。本州沿岸の主として暖海で獲れ、刺身、塩焼、照焼、煮付けなどにする。

紅葉の美しさを鑑賞するために山野、渓谷を訪れること。紅葉というとカエデ類を指すこともあるが、この場合の紅葉は秋に色づく紅葉・黄葉の全てを指す。関東近辺では晩秋から初冬にかけてが紅葉の見ごろになる。

桃の中でも、滴るばかりの果汁と柔らかく甘美な果肉を特徴とする「白桃」が店先に出回るのは初秋の頃で、桃の中では晩生種。
掲句は「白桃」を通して父子の情を詠んだ作品。作者若かりし日の回想の句として読みたい。父を憎むがゆえに、父が指先で触れた「白桃」まで憎くなったという。豊饒さと清潔さを合わせ持つような「白桃」が美しければ美しいほど、作者の父に対して抱いていた一途な憎しみが浮かび上がってくる。「けり」の詠嘆には、来し方の作者自身に対する万感の思いがあろう。『俳句界』2024年11月号。