蝸牛桜は雲の湧く木なり 直人
「蝸牛(かたつむり)」は陸生の巻貝の一種で、2本の角を出し、木や草をゆっくりと這う。湿気を好み、梅雨の頃に葉陰などで見かけることが多い。
掲句は、梅雨の頃、鬱蒼と葉を茂らせた桜を詠む。「蝸牛」と大木の桜とは、両者相俟って梅雨どきの鬱勃たる季節の様相を現わす。「蝸牛」は、季節感を明確にして景を引き締める点景であり、加えて、故郷に定住土着する作者の分身でもあるだろう。昭和46年作。『帰路』所収。
蝸牛桜は雲の湧く木なり 直人
「蝸牛(かたつむり)」は陸生の巻貝の一種で、2本の角を出し、木や草をゆっくりと這う。湿気を好み、梅雨の頃に葉陰などで見かけることが多い。
掲句は、梅雨の頃、鬱蒼と葉を茂らせた桜を詠む。「蝸牛」と大木の桜とは、両者相俟って梅雨どきの鬱勃たる季節の様相を現わす。「蝸牛」は、季節感を明確にして景を引き締める点景であり、加えて、故郷に定住土着する作者の分身でもあるだろう。昭和46年作。『帰路』所収。
草靡きつつ郭公の声揃ふ 直人
「郭公(かっこう)」は、初夏に南方から日本へ渡来し初秋の頃帰っていくホトトギス科の鳥。明るい林や高原で聞くカッコーという鳴き声は、古くから親しまれてきた。「閑古鳥」ともいう。
掲句は、明るい高原の草原を思い浮かべたくなる作品。草原の遠く近くに鬱勃と鳴き続ける郭公。テンポの不揃いなそれらの声が、ときに揃うことがあるという。健やかな作者の耳が、草原の彼方の郭公の声に向けられているのだ。「草靡きつつ」の上五が、高原を吹きわたる心地よい微風を感じさせる。昭和43年作。『帰路』所収。
子に送られて朝越ゆる夏の川 直人
「夏の川」には、青々とした山間を流れる清流、梅雨時の濁流、子供たちの遊び場になる川など様々な表情があり、水量を増した力強さと涼しさを併せ持つ。
掲句は、身近を流れる「夏の川」を毎日のように渡る朝の出勤風景を詠む。背中に子の視線を感じ、時には振り向いて手を振りながら、「夏の川」を越える作者の日常が、過不足のない表現により浮かび上がる。水量を増した「夏の川」のエネルギーに、壮年の作者の生活意欲が重なる。当時、作者は県立高校の教諭として甲府まで通っていた。昭和35年以前の作。『帰路』所収。
稜線に青空の帯別れ霜 直人
「別れ霜」は、春が深まった頃、その冬の最後に降りる霜のこと。古来、立春から数えて八十八夜(5月2日頃)頃に最後の霜が降りるとされ、「八十八夜の別れ霜」と言われる。果樹園や茶園を営む農家が恐れる霜である。
掲句は、「別れ霜」の降りた朝、山の端に沿う青空の帯を眺めての作品。写実に徹した句柄だが、果樹栽培をしてきた人の目と心が、この季語の選択に活きている。葡萄や桃がいよいよ新芽を広げようとする頃であり、この時季の霜は果樹の生育にとって大敵なのだ。平成23年作。『風の空』以後。
生を死を肯ひてこそ春の闇 直人
「春の闇」は月のない春の夜の暗さをいう。ただ暗いだけでなく、温かさや潤いを帯びたどこか神秘的で情緒的な闇である。
掲句には、「永別―二月二十五日 三句」との前書きがある。平成19年のこの日、作者の師飯田龍太は86歳で逝去した。この句は逝去に際しての追悼句である。生前の師との永きにわたる交誼とそれに纏わる数々の思い出、そして眼前の死という現実が、一時に作者に押し寄せたことは、想像に難くない。作者は、それら全てを肯いながら、「春の闇」に包まれている。〈千里より一里が遠き春の闇〉という龍太円熟期の句が、作者の脳裏にはあったのかも知れない。平成19年作。『風の空』所収。