「渡り鳥」は季節によって生息地を変える鳥を総称するが、俳句の季語としては、秋に北方から日本へ渡ってくる冬鳥を指す。鴨や雁などの大型の水鳥から鶫、鶸、鶲などの小鳥まで、秋に渡ってくる鳥の種類は多い。
掲句は、朝の静けさの中で、鳥が渡ってくる頃の空を仰いでの作品。「きりぎし」は漢字表記では「切岸」で、切り立った険しい岸、断崖、絶壁のこと。中天に長く延びる雲が、鳥たちが羽を休める切岸のように見えたという。「きりぎし」との仮名書きも、雲の柔らかさを想像させる適切な配意。『俳句』2025年12月号。
「渡り鳥」は季節によって生息地を変える鳥を総称するが、俳句の季語としては、秋に北方から日本へ渡ってくる冬鳥を指す。鴨や雁などの大型の水鳥から鶫、鶸、鶲などの小鳥まで、秋に渡ってくる鳥の種類は多い。
掲句は、朝の静けさの中で、鳥が渡ってくる頃の空を仰いでの作品。「きりぎし」は漢字表記では「切岸」で、切り立った険しい岸、断崖、絶壁のこと。中天に長く延びる雲が、鳥たちが羽を休める切岸のように見えたという。「きりぎし」との仮名書きも、雲の柔らかさを想像させる適切な配意。『俳句』2025年12月号。
敬老の日は9月の第3月曜日で、国民の祝日の一つ。長年働いて社会や家族を支えてく れたお年寄りに感謝し、その労をねぎらう日。
掲句は、厨房に立つ作者自身を詠んだ作品。もやしの髭(ひげ根)はそのまま食べられるが、食感や見た目を良くしたい時などは取り除く。敬老の日、作者はいつもと変わらずに厨房でもやしの髭を取っているのだ。日常の些事だが、「もやしの髭」に軽いユーモアと自嘲が滲む。「敬老の日」を正面から詠んでも佳句になり難いが、掲句はそのハードルを越えた。日々のささやかなヒトやモノとの出会いの中に俳句の素材が潜んでいることを教えてくれる一句。『俳句界』2025年12月号。
「隙間風」は冬の寒い日に、家屋の障子や戸の隙間から吹き込んでくる冷たい風のこと。古い家屋や、冬支度が十分でない建物で感じることが多い。隙間に目張りをしてこれを防ぐ。
掲句は、劇場での作品。奈落は、劇場の舞台の下にある地下空間のことであり、舞台袖は、観客席からは見えない舞台の両脇にある奥まった空間のこと。どちらも観客は通常意識しないが、舞台の運営スタッフにとっては馴染み深い空間だ。劇が演じられている最中、運営スタッフ、或いは観客の一人としてそこに踏み込んだ作者は、吹き抜けてゆく冷たい隙間風を感じたのだ。恐らく観客席は暖房完備で、隙間風とは無縁のぬくぬくした空間だったのだろう。『俳句四季』2025年12月号。
「黄落」は木の葉が黄色く色づきながら落ちること。イチョウやケヤキ、クヌギなどの広葉樹が黄葉しながら落ちる様は、本格的な秋の到来を感じさせる。紅葉しながら落ちるカエデやサクラについては、「紅葉かつ散る」という。
掲句の樹下の席は公園のベンチだろうか。何かひとりになって考えたいことがあるなら、黄落の樹の下がいいと言っているのだ。一句の緩やかな声調には、独白の調べがある。しかし、秋たけなわの明るさの中での考え事であるから、さほど深刻な内容ではあるまい。『俳句四季』2025年12月号。
蟿螽(はたはた)はバッタ目バッタ科に属する昆虫の総称。飛ぶときの翅の音からつけられたバッタの俗称。「きちきち」ともいう。
掲句は、蟿螽の飛ぶ野原にいて、「わぎも」という言葉を思い浮かべての作品。「わぎも」は、男性が恋人や妻を親しみを込めて呼ぶときに用いた古語。「わぎもこ」ともいう。「わぎも」という言葉を掌中の珠のように味わいながら、ひとり野路を行く作者。親しい男女が「わぎも」「わがせ」と呼び合いながら野を歩いた万葉の世を彷彿させる一句。『俳壇』2025年12月号。