「どんど」は小正月(1月15日頃)に行われる火祭りのこと。門松や注連飾りを焚き上げて無病息災を祈る。竹を組んで燃やし、その火で餅を焼いたりする。「左義長(さぎちょう)」の傍題。
掲句は、「どんど」で焚き上げに用いる竹を引きずって運んできたところを詠む。行事が行われる前に、竹を切り出し、櫓状に組み上げるのだ。雪や砂の上を曳いてきたとの表現から、その地の風土が浮かび上がるところがいい。「どんど竹」との簡潔な言葉が、行事の始まる前の雰囲気をヴィヴィッドに伝える。『俳句』2026年4月号。
「どんど」は小正月(1月15日頃)に行われる火祭りのこと。門松や注連飾りを焚き上げて無病息災を祈る。竹を組んで燃やし、その火で餅を焼いたりする。「左義長(さぎちょう)」の傍題。
掲句は、「どんど」で焚き上げに用いる竹を引きずって運んできたところを詠む。行事が行われる前に、竹を切り出し、櫓状に組み上げるのだ。雪や砂の上を曳いてきたとの表現から、その地の風土が浮かび上がるところがいい。「どんど竹」との簡潔な言葉が、行事の始まる前の雰囲気をヴィヴィッドに伝える。『俳句』2026年4月号。
「風車(かざぐるま)」は、風で羽根が回る仕掛けの紙やセルロイド製の玩具。かつては春になると「風車売り」が街に出て、子供たちの玩具として親しまれた。お詣りの土産としても売られていた。
掲句は、「かざぐるま」自身が風の正面を探り当てたという句意。露店の売り物の「かざぐるま」が、風の吹いてくる方に向いて一斉に回る様が想像される。或いは、「かざぐるま」を持っている子が、風の向きを探り当てたとの意味合いかも知れない。いずれにしても、向かい風を得て、音を立てて勢いよく回る「かざぐるま」が見えてくる。風は目に見えないので、正確な向きを探り当てなければならないのだ。『俳句四季』2026年4月号。
蟷螂(かまきり)はカマキリ目の昆虫。6月頃卵から孵る。大きく成長した蟷螂が目につくのは秋の訪れを感じる頃なので、秋の季語になっている。
掲句は、蟷螂が捕えた蝶を食んでいる様を、「きらきら」との擬態語により描写した作品。この語により、蟷螂に食べられつつある大振りの蝶の姿や絢爛たる翅の模様が見えてくる。秋とはいえ、まだ強い日差しが虫たちに降り注いでいるのだ。『俳句四季』2026年4月号。
「煤払(すすはらい)」は、新年を迎える準備として12月13日の「事始め」を中心に行われる屋内の煤や埃を落とす大掃除のこと。一年の汚れと厄を払う神聖な年末の行事。
掲句は、年末の大掃除で、神社の本殿や絵馬堂などに掛けられている「須佐之男(すさのお)」の大絵馬の煤を払ったという。須佐之男命(すさのおのみこと)は、日本神話に登場する神で、荒ぶる暴風雨の神からヤマタノオロチを退治する英雄神へ成長した。厄除け・縁結び・五穀豊穣の神として神社などで祀られている。単明な句柄だが、一年の汚れと厄を払う神聖な年末の行事である「煤払」の雰囲気がよく表れている一句。『俳句四季』2026年4月号。
「黄塵(こうじん)」は中国大陸の砂漠から偏西風に乗って日本へ飛来する黄砂や、春風に舞い上がる土煙のこと。空や遠くの景色が黄色く霞んで見え、地上が黄色に染まることもある。「霾(つちふる)」の傍題。
掲句は黄砂が飛来した街中を詠んだ作品。「巷塵(こうじん)」は俗世間のちり、浮世のよごれのこと。強風が吹いて、常日頃の「巷塵」に海を越えて渡って来た「黄塵」が加わったというのだ。コウジンという同音異字のリフレインが効果的だ。強風の中、街中を歩く人々の嘆きが聞こえてきそうな一句。 『俳壇』2026年4月号。