「柿」も「栗」も日本の数少ない在来果樹の一つで、秋の実りを代表する果物。「柿」は秋に実が赤く熟すが、甘柿と渋柿がある。「栗」はトゲのある毬(いが)の中で実が育ち、秋に熟して地面に落ちる。
掲句は、柿と栗をそれぞれ「観世音」と「明王」に譬えて、秋の実りを前にした豊かな心持ちを表現した作品。「観世音」や「明王」にはそれぞれ仏像としての階層や序列があるが、そのような細かい詮索は抜きにして、この句では、「観世音」が慈悲深い存在であるのに対し、「明王」が忿怒相をもって人々を導く存在であることに留意すれば足りる。籠に盛られた果物の一方を「観世音」、他方を「明王」に譬えたところに、生き生きとしたウィットの働きが見える。「柿観世音」には熟した柿の恵みの色が思われ、また、「栗明王」といえば、トゲのついた毬のままの厳(いか)つい姿が彷彿とする。言葉を自在に駆使した才気あふれる一句。『俳句』2026年10月号。