電柱の影が田に伸び冬旱 直人
「冬旱(ふゆひでり)」は冬に雨や雪が降らず、晴天と乾燥が続くこと。単に「旱」といえば夏の季語だが、冬の日本の太平洋側などでは雨量が少なく、空気が乾燥して日照りが続くことが多い。大地が乾き、水不足や野菜の生育への影響が懸念されるような、寒々しく乾いた風景が想像される。
掲句は、既に農事が終わった冬田に伸びる電柱の影を詠む。作者が日頃見かけている甲府盆地の光景かも知れないが、私は、一面冬田が広がる関東平野の風景を想像した。稲刈りが終わって真っ平らになった田がどこまでも広がり、空っ風が日夜吹き抜けている。田の真ん中を貫いている舗装路に沿って電線が延びていく、そんな光景だ。どこにでもある光景だが、「冬旱」という的確な下五により、句が呼び起こす風景に広がりが生まれた。昭和36年作。『帰路』所収。