飯田蛇笏(本名武治)は昭和37年10月3日郷里の山梨県笛吹市旧境川町の自宅で死去。77歳。早稲田大学を中途退学して帰郷し句作に専念。大正年代の『ホトトギス』の雑詠欄(虚子選)で活躍し、のちに『雲母』主宰。代表句に〈芋の露連山影を正しうす〉〈誰彼もあらず一天自尊の秋〉など。秋がたけなわになる頃、蛇笏忌が巡ってくる。蛇笏の句風については、「・・俳句のもつ格調の高さ、正しさにおいて、ついに彼の右に出づる者は見当たらぬのである。」との山本健吉の評がある。
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