1年12か月の最初の月。三冬のうち晩冬に当たり、極寒の季節でもある。一般にこの月を「正月」ともいうが、「一月」には、「正月」という言葉のもっている非日常的なハレの気分は乏しい。しかし、新たな年が始まったすがすがしさが感じられる言葉だ。

「雪晴」は、雪が降り止んだ後の晴天のこと。特に、たっぷりと雪が降り積もった後の晴天を「深雪晴(みゆきばれ)」という。降り積もった雪に日光が反射して、眩しいほどの明るさ。空は青々と雲一つなく晴れわたっている
掲句は、雪が降り積もった海ノ口牧場(八ヶ岳東麓)の牛舎を訪れたときの作品。既に空には雪雲の名残はなく、眩いばかりの雪後の光が辺りに満ちていた。ひと気ない牛舎の軒下には、夜間の凍結を防ぐためか、水道の蛇口から水が流れ落ちるにまかせてあった。平成6年作。『河岸段丘』所収。
冬の夕暮、冴え冴えとした空にかかる三日月。まだ暮光をとどめた寒空に細くかかる三日月には刃物のような鋭い印象がある。
下の写真は令和6年1月14日の日没後に仰がれた月。

「久女の忌」は1月21日。杉田久女は明治23年鹿児島生まれ。高浜虚子に師事し「ホトトギス」で活躍したが、俳句への一途な情熱と直情径行の個性は周囲の理解を得られず、ホトトギス同人を除名され、失意のうちに昭和21年のこの日、筑紫保養院で病没した。
掲句は、咲いていたときの姿を保ったまま枯れた草の姿に、久女の悲運の生涯を重ね合わせた作品。「名草枯る」といっても実際に句に詠むときは具体的な草の名前を詠み込むことが多い。私が実際に目にしたのはすっかり枯れて色の失せた鶏頭だが、「枯鶏頭」では草の個性が出過ぎて表現したいことが伝わらないと考えた。令和5年作。