寒中の雀のこと。冬季は田圃の稲刈りが終わり、餌が乏しくなるので、雀はひときわ人家の近くにあつまってくる。寒気を防ぐため全身の羽毛を膨らませて丸くなっているので「ふくら雀」ともいう。身近で親しい鳥の一つだが、近年は数が減っているという。かつては食材であり、冬の雀の肉は美味で滋養があるとされる。

寒中の雀のこと。冬季は田圃の稲刈りが終わり、餌が乏しくなるので、雀はひときわ人家の近くにあつまってくる。寒気を防ぐため全身の羽毛を膨らませて丸くなっているので「ふくら雀」ともいう。身近で親しい鳥の一つだが、近年は数が減っているという。かつては食材であり、冬の雀の肉は美味で滋養があるとされる。

ミカン類とオレンジ類両者の性質を持つ柑橘類で、ネーブル、八朔柑などとともに春に採れる蜜柑の一つ。山口県で発見・作出されたので当初は穴門蜜柑(あなとみかん)と呼ばれていたが、明治中期以降愛媛松山を中心に生産量が増えていったため、伊予蜜柑と呼ばれるようになった。多くは海岸に近い暖地の傾斜地で栽培される。

「冬泉」には思索を誘うような独特の静けさがある。単に「泉」といえばその清涼感から夏の季語になっているが、冬の泉の澄み切った様には夏の泉にはない冴え冴えとしたものが感じられる。
掲句は澄み切った「冬泉」を見ていて眼の澄を覚えたとの句意。「澄みゆくまで佇てり」との措辞には、ゆったりとした時間の経過が感じられる。何事にも煩わされない、独り心の至福の時間である。『俳壇』2025年2月号。
「秋思」は秋になって、心に何かを感じたり思ったりをすること。春の「春愁」に対して、秋のもの思いが「秋思」。湿り気の少ない漠としたもの思いである。
掲句はひとすじの小さな流れに沿って櫟林の中を歩いたときの作品。傍らの流れや溜まった木の葉に目を遣りながら足を運ぶ。林を抜け出た後、その流れは柳瀬川に合流した。散歩の後になって、「秋思」という季語がその時の私の気持ちに相応しいことに思い至った。特定の愁いや悩みではなく、自らの齢や来し方行く末を巡るとりとめのない思いだった。「郭公」2025年1月号。
冬枯れの、寒々とした林のこと。「冬木立」ともいう。葉を落とし尽くした落葉樹が、常緑樹も交えながらひっそりと並び立つ。「冬木」「寒木」は葉を落とした一本の木だが、「寒林」は林の広がりと寒さを含む季語。カンリンという固いひびきが「冬木立」より厳しい寒さを感じさせる。
