「鷹鳩と化す」は中国の七十二候の一つ。殺気ある鷹が温和な鳩に変わるという古来の伝承に基づくもので、春の幻想的な気分を反映した季語。
掲句の対象は飯能の諏訪八幡神社境内のご神木。樫の木が檜の若木を労わるように抱えていて、抱擁樹とも言われている。私がその神木の前に佇むと、どこから来たのか、足元をうろうろと鳩が歩いた。その中の一羽は鷹が鳩と化した一羽ではないかと、ふと想像した。平成17年作。『春霙』所収。
「鷹鳩と化す」は中国の七十二候の一つ。殺気ある鷹が温和な鳩に変わるという古来の伝承に基づくもので、春の幻想的な気分を反映した季語。
掲句の対象は飯能の諏訪八幡神社境内のご神木。樫の木が檜の若木を労わるように抱えていて、抱擁樹とも言われている。私がその神木の前に佇むと、どこから来たのか、足元をうろうろと鳩が歩いた。その中の一羽は鷹が鳩と化した一羽ではないかと、ふと想像した。平成17年作。『春霙』所収。
春北風(はるならい)は、春になってから吹く冷たい北西風のこと。立春以降も一時的に西高東低の冬型の気圧配置に逆戻りし、北西風が吹き荒れることがある。季節の戻りを感じさせる風だ。
掲句は元荒川の川べりを散策したときの作品。元荒川は元々は荒川の本流で、今は利根川水系に属している。その辺りは、俳人加藤楸邨が、かつて粕壁(現埼玉県春日部市)の教師時代に歩き回ったところでもあり、楸邨の事跡を求める意味合いもあった。川岸に係船杭などはなく、幹にボートをつないでいる纜(ともづな)が、折りからの強風に軋んでいた。平成25年作。
「春霙」は春になってから降る霙(みぞれ)のこと。関東地方南部では、冬よりも春になってから雪が降ることが多く、それも水気の多い牡丹雪や霙に見舞われることが多い。
掲句は前年2月に亡くなった飯田龍太を偲び、春の霙の彼方に消えてゆく山影を眺めていたときの作品。薄明るい空からとめどなく降ってくる霙を眺めていると、時間の観念がいつしか消え、茫漠たる空間にひとり取り残されたような錯覚を覚えた。飯田龍太には、平成2年4月から4年6月の『雲母』終刊まで同誌作品欄で選を受けた。当時は全くの初心者で、さして交わる機会もないまま終わってしまった。平成20年作。『春霙』所収。
「水草(みくさ)生ふ」は、春になって水が温み、様々な水草が生えてくること。菱、河骨などの水生植物は、冬の間に茎や葉は枯れてしまうが、水底の根が冬を越し、春になると再び芽を出す。
掲句は石神井公園内にある石神井城址での作品。室町時代中期の1477年、豊島氏は太田道灌から城を攻め落とされたため、城を捨てて逃亡したという。落城の際には、城主の娘の照姫が三宝寺池に身を投げたとも伝えられている。三宝寺池の辺に落城の事跡を刻んだ碑が残されていて、池には睡蓮が硬貨ほどの小さな葉を浮かべていた。落城から経過した五百年余の歳月を思い、幾多の武将たちのその後の運命を思い、春が動き始めた現前の水草に目を落とした。平成29年作。
薔薇(ばら)の芽は品種によって色も形もさまざまだが、朱色のものが一般的だ。しばらくは固さをとどめているが、陽光のもと、ゆっくりと芽が解れていく。
掲句の「みどりご」はその年の2月に生まれた長男の長女。私にとっては2人目の孫に当たる。薔薇の芽は、いったん動き始めると生長が早く、たちまち葉を広げていく。その生命力の強さを目の当たりにして、生後間もない「みどりご」のことを思った。「みどりご」は漢字では「嬰児」だが、敢えて仮名書きにした。令和4年作。