春陰は曇りがちな春の天候をいう。同時期の季語「花曇」「鳥曇」より暗く重いニュアンスがある。
掲句は身辺で見聞きしたことを契機にした作品。近所の家が壊されてさら地に戻る光景は珍しいものではない。家が壊されるのと同時に庭木が掘り返されたり、塀が取り払われたりして、あっという間にただのさら地になってしまう。元に戻っただけともいえるが、人間の営みが跡形もなく消えてしまうところは、一抹の寂しさを伴う光景だ。「春陰」という季語が、その時の私の心の中を言い当てているように思えた。平成31年作。
春陰は曇りがちな春の天候をいう。同時期の季語「花曇」「鳥曇」より暗く重いニュアンスがある。
掲句は身辺で見聞きしたことを契機にした作品。近所の家が壊されてさら地に戻る光景は珍しいものではない。家が壊されるのと同時に庭木が掘り返されたり、塀が取り払われたりして、あっという間にただのさら地になってしまう。元に戻っただけともいえるが、人間の営みが跡形もなく消えてしまうところは、一抹の寂しさを伴う光景だ。「春陰」という季語が、その時の私の心の中を言い当てているように思えた。平成31年作。
「草青む」は、春になって草が青々と地上に萌え出てくること。夜が明けたばかりの野に出ると、露をふくんだカラスノエンドウやハコベなどの草々の緑が目に沁みるようだ。
掲句は長野のとある牧場で、ケージに入っている生後間もない仔牛を見たときの作品。飼葉桶には干草が入っていたが、仔牛に近づくと乳(ち)の匂いが鼻を突いた。母牛の母乳か人工乳の匂いだったのだろう。周りには、折から萌え出た草の緑が目に鮮やかだった。平成28年作。
蛙は冬の間、土の中や水の底に潜って冬眠しているが、春になると目を覚まして活動を始める。水辺には、蛙の雌雄が群れて、雄が雌を奪い合う光景が見られる(蛙合戦)。
掲句はたまたま水辺で目撃したヒキガエルの蛙合戦を詠んだもの。雌の上に乗っている雄が、さらに乗ってこようとする雄を力強い後ろ足で押しやり、ひっくり返す様子が見られた。合戦とはいえ、生まれたままの姿で武器を持たない蛙のことだから、柔らかに蹴り合うよりほかに仕様がないのだった。平成25年作。
クレソンは、アブラナ科オランダガラシ属の多年草。明治初期に食用・栽培目的でヨーロッパから渡来し、その後各地の川などで野生化。初夏の頃、白色の四弁花を多数咲かせる。肉料理の付け合わせにしたり、サラダにして食べる。独特の香りとさわやかな辛みが特徴だ。
掲句はとある小川で野生化して生えているクレソンを詠んだもの。綺麗な流れの中に密集して生えるクレソンの鮮やかな緑が印象に残った。実際には眺めていただけだが、サラダなどにするために摘むところを想像した。令和4年作。
雲雀(ひばり)は、各地の麦畑や草原などに巣をつくる小鳥。繁殖期になると、オスは、縄張りを宣言するため盛んに囀りながら空高く舞い上がる。
掲句は蛇行して遠ざかる川を遠くまで見渡しての作品。関東地方を流れる川は数多いが、起伏に乏しい平坦な地を流れ去る川には、この地独特の趣がある。掲句の対象は東京と埼玉の県境を流れる柳瀬川。広々とした空と平地の真っただ中を雲雀が揚がっていった。令和5年作。