緑の木々に覆われた夏の山を「青嶺(あおね)」といい、夏の岬を「青岬」といい、百草の生い茂った野原を「青野」などという。
掲句は長野の野辺山高原での作品。滞在中明け暮れ聞こえていたのは、遠く近く鳴くホトトギスやカッコウの声だった。いずれも托卵(たくらん)の習性をもつ鳥だ。托卵は、自分では巣を作らず、他の鳥の巣に卵を産みつけて、その鳥に抱卵・育雛させること。ホトトギスやカッコウの声が変幻自在に所を変えるのは、その習性のためかも知れない。折から高原は緑滴るばかりの初夏の装いだった。令和6年作。
緑の木々に覆われた夏の山を「青嶺(あおね)」といい、夏の岬を「青岬」といい、百草の生い茂った野原を「青野」などという。
掲句は長野の野辺山高原での作品。滞在中明け暮れ聞こえていたのは、遠く近く鳴くホトトギスやカッコウの声だった。いずれも托卵(たくらん)の習性をもつ鳥だ。托卵は、自分では巣を作らず、他の鳥の巣に卵を産みつけて、その鳥に抱卵・育雛させること。ホトトギスやカッコウの声が変幻自在に所を変えるのは、その習性のためかも知れない。折から高原は緑滴るばかりの初夏の装いだった。令和6年作。
蓑虫(みのむし)はミノガ科の蛾の幼虫。木の葉や枝を糸で綴った袋を作り、その中に棲む。蓑虫には発音器官がなく、実際に鳴くことはないが、〈蓑虫の音を聞きに来よ草の庵 芭蕉〉など詩歌の伝統では鳴くものとされてきた。
独り言を言ってしまってから、誰かに聞かれていたのではないかと、周りを見回すことがある。誰にも聞かれていなかったことが分かるとほっとする。しかし、傍らの枝に付いていた蓑虫には、私の独り言が聞こえていたような気がした。掲句はそのような心持ちを句にしたもの。秋が深まっていく頃であった。令和5年作。
「冷やか」は秋になって肌に直接覚える冷気、冷やかさのこと。物に触れて肌で感じる秋の気配。「ひえびえ」「秋冷」などともいう。
掲句は、ある人から来た断りの返信から受けた、その人の心の持ちようの冷やかさを詠んだもの。「冷やか」という季語が本来持つ即物的に捉えた秋の感覚とはやや異なった、心理的な冷やかさを多分に含んだ用い方だが、期待外れの手短な返信を受け取ったとき、そう表現するしかなかったことを覚えている。令和5年作。
「鵙」はスズメ目モズ科の漂鳥又は留鳥。平地から山地に棲み、繁殖期が過ぎて秋になると、それぞれ縄張りを主張して、高い梢などに止まり鋭い鳴き声を上げる。秋の到来を感じさせる声だ。
掲句はようやく夏の暑さから解放され、心地よい外歩きをしたときの作品。10月に入ると、朝の大気は澄み、草はたっぶりと露をふくんで日の出を待つ風情。折から、梢の鵙が夜明けを待ちかねたように声を放つ。一羽が声を上げると、続いて別の梢の鵙が声を放つ。みな、それぞれの縄張りを主張しているのだ。令和5年作。
「秋思(しゅうし)」は秋になり心に感じたり思ったりすること。寂しさ、静けさ、秋のあわれなどが一体になって形づくられる思い。春の「春愁(しゅんしゅう)」と比べると、心の湿り気は少ない。
静かな水面を見つめて、無色透明のほとんど無心に近い思いの中にいたとき、不意に鮠か稚鯉か銀鱗の一寸ほどの魚が跳ねて、そこで思いが断ち切られたのだった。その水輪もたちまち消えて、水面は元の静寂に戻ったが、魚が跳ねて途切れた私の「秋思」は、途切れたままだった。それ程淡々とした「秋思」だった。令和3年作。