青北風(あおぎた)は、9月から10月にかけて晴天の日に北から吹くやや強い季節風のこと。
掲句は、職場が神田の神保町にあった頃、お茶の水駅界隈を散策していてできた作品。JRの高架近くに樹齢を感じさせる椋の大木があり、実を食べに鳥が群がっていた。その一帯は江戸城の鬼門に当たっていたと知ると、その木に貫禄が加わるような気がした。平成16年作。『河岸段丘』所収。
青北風(あおぎた)は、9月から10月にかけて晴天の日に北から吹くやや強い季節風のこと。
掲句は、職場が神田の神保町にあった頃、お茶の水駅界隈を散策していてできた作品。JRの高架近くに樹齢を感じさせる椋の大木があり、実を食べに鳥が群がっていた。その一帯は江戸城の鬼門に当たっていたと知ると、その木に貫禄が加わるような気がした。平成16年作。『河岸段丘』所収。
盆は7月13日から16日まで行われる先祖の魂まつり。陰暦で月遅れの盆を行っているところもある。正式には盂蘭盆会といい、俳句では秋の季語。休暇を取って展墓の帰省をする人も多い。盆の期間中は、日々の仕事から離れて、今は亡き肉親のことを思い起こしたり、故郷に帰って旧交を温めたりする。
掲句は、父が遺した梅酒の瓶を手にしていてできた作品。父は前年の9月に急性心不全で亡くなり、生前作っていたかなりの量の梅酒や梅干しが遺された。その中には、新しいものも年数を経たものもあった。新盆の夜、その梅酒を飲みながら父を懐かしんだ。生前、人生万般について十分に語り合う機会がなかったことを、今でも残念に思っている。平成12年作。『河岸段丘』所収。
臭木(くさぎ)は初秋の頃枝先に白い花を群がり咲かせた後、晩秋の頃直径6ミリほどの実が美しい藍色に熟す。
掲句は、眼前の臭木の実から、仮寓中の杜甫に思いを馳せてできた作品。安史の乱前後、社会秩序が崩壊していく中で住まいを転々とした杜甫の目に、臭木の実のこの色合いはどんな風に映じるだろうと。杜甫は、中国の唐の時代を代表する詩人。こんな想像を逞しくすることも、俳句を作る愉しみの一つ。平成13年作。『河岸段丘』所収。
季語としての渡り鳥は、秋に北方から渡ってくる鳥のこと。冬の間日本にとどまり、春に帰って行く。鴨、雁、白鳥などの水鳥、鶫、鶸などの小鳥類など様々だ。
掲句は渡り鳥を仰いでいて、文明史以前から続いている渡りという鳥の営みに思いを馳せたとき、思い浮かんだ作品。人類が鉄などの金属を手に入れる以前は、石器を作るのにも石を用いていたとされる。そんな時代にも、鳥の渡りは毎年今と同じように続いていたのだ。『春霙』所収。平成18年作。
蛇笏忌は、俳人飯田蛇笏の忌日で10月3日。毎年秋がたけなわになる頃、蛇笏忌が巡ってくる。
掲句は、未明の川面を眺めるともなく眺めていての一句。暑かった夏の記憶もようやく薄れて、中天の半月が澄んだ光を地上や川面に投げ掛けていた。ふと〈桐一葉月光むせぶごとくなり 蛇笏〉という句が思い浮かんだ。「月光跳ねて」との擬人化表現に、蛇笏作品の多情でアニミズム的な一面が多少は表れていると思っている。平成22年作。