「冴返る(さえかえる)」は春先に暖かくなった後に寒さがぶり返すこと。一度暖かさを感じた後、心身にしみるように感じる寒さ。万象が引き締まる感じがある。
掲句は、国会議事堂近くの憲政記念館を訪れて、昭和7年の五・一五事件を報じた新聞の号外に触発されての作品。見出しの大きな活字や写真が黒々と目に焼き付いた。急速に戦争に傾いて行った昭和初期の社会の暗さを思った。当時のそのような世情が、今の世と無縁のものであればいいと願っている。平成9年作。『河岸段丘』所収。
「冴返る(さえかえる)」は春先に暖かくなった後に寒さがぶり返すこと。一度暖かさを感じた後、心身にしみるように感じる寒さ。万象が引き締まる感じがある。
掲句は、国会議事堂近くの憲政記念館を訪れて、昭和7年の五・一五事件を報じた新聞の号外に触発されての作品。見出しの大きな活字や写真が黒々と目に焼き付いた。急速に戦争に傾いて行った昭和初期の社会の暗さを思った。当時のそのような世情が、今の世と無縁のものであればいいと願っている。平成9年作。『河岸段丘』所収。
「東風(こち)」は春に吹く東風のこと。冬型の気圧配置が崩れたときに吹く、寒さを和らげ、時には雨を伴う柔らかな風である。春の訪れを告げる風として、古くから親しまれてきた。
掲句は、通りすがりの保育園での光景が契機になってできた作品。早朝の園舎の軒下に沢山のナプキンが干してあった。真っ白なナプキンはひらひらと風に靡き、園児たちの通園を待っているように見えた。まだ人影はなかったが、春の到来を感じさせる光景だった。令和6年作。
「木の芽(このめ)」は春になって様々の樹木の芽が吹くこと。それぞれの木の名を冠して「柳の芽」「楓の芽」などという。広葉樹を主とした雑多な樹木の芽吹きが「雑木の芽」。
掲句は、八国山の東の端の久米川古戦場跡を詠んだ作品。元弘3年、鎌倉幕府軍と新田義貞率いる反幕府軍が戦い、新田軍が勝利した。今は山麓の住宅地の小さな公園内に石碑が立っているのみで、かつての古戦場の面影をとどめるものは何もない。折から、櫟や欅など八国山の雑木がそれぞれの色合いで芽吹きの季節を迎えていた。令和7年作。
野鳥の多くは春から夏にかけて繁殖期を迎える。巣を作り、その中にいくつかの卵を産む。「鳥の卵」や「抱卵季(ほうらんき)」は春の季語。一方、「巣立鳥」は夏の季語になっている。
今年の5月から6月にかけて、玄関輪わきのチャイニーズホーリーにメジロが巣を作った。頻繁に人の出入りするところにまさか、と最初は半信半疑だったが、ある日そっと巣を覗くと、卵が3個産みつけられていた。その後、番いが交代で卵を抱いていた。オスの方が少し体が大きいので、どちらが抱卵しているのかがよく分かった。
鳥の巣に近き一枝に馬具を干す
も、同時期の作品。こちらは実景そのままの作品である。令和7年作。
「鶯(うぐいす)」はスズメ目ウグイス科ウグイス属の留鳥。全国の山地の明るい笹藪などに生息する。春先は覚束なかった鳴き声も、春が深まるにつれて美しくなる。
掲句は高嶺が新雪を被った朝の情景を詠んだもの。晩春初夏の頃、山麓や山腹に雨が降ると、山頂辺りが雪になることはよくあることだが、その朝雨上がりに戸外に出たときも、赤岳などの八ヶ岳連峰は目の覚めるような新雪を被り、折りからの日の出を受けて朱鷺色(ときいろ)に染まっていた。昨日までの残雪に、さらに雪が降り重なったことが遠見にも分かった。令和7年作。