「蘆芽(あしかび)」は水辺に芽吹いて間もない蘆の若芽のこと。「葦の角(あしのつの)」ともいう。薄緑色で小さな角のような姿が春の訪れを感じさせる。
掲句は勤務先近くにあった日比谷公園での作品。昼休みにいつも行く公園内の水辺に佇んで、しばらくの時を過した。季節は着実に移ろい、足元の水辺にはいつしか蘆が可憐な芽を出していた。この句を読むと、当時胸の内に抱えていた悩みのあれこれが思い出される。「眼冷ゆ」は、その時水を眺めていて感じたことをそのまま表現した。平成21年作。『春霙』所収。
「蘆芽(あしかび)」は水辺に芽吹いて間もない蘆の若芽のこと。「葦の角(あしのつの)」ともいう。薄緑色で小さな角のような姿が春の訪れを感じさせる。
掲句は勤務先近くにあった日比谷公園での作品。昼休みにいつも行く公園内の水辺に佇んで、しばらくの時を過した。季節は着実に移ろい、足元の水辺にはいつしか蘆が可憐な芽を出していた。この句を読むと、当時胸の内に抱えていた悩みのあれこれが思い出される。「眼冷ゆ」は、その時水を眺めていて感じたことをそのまま表現した。平成21年作。『春霙』所収。
「菊」は中国原産のキク科の多年草。奈良時代日本に渡来し、江戸時代になって観賞用としての菊作りが盛んになった。上品な香りがあり、多くの品種がある。
掲句は、令和元年10月26日に亡くなった母の忌に際しての手向けの一句。花や線香のように実際に手向けたのではなく、心の中で手向けたのである。菊といえば上品なイメージがあるが、畑の隅に乱雑に咲かせている小菊や食用菊など、深秋の頃我々が日常親しく目にする花の一つ。母の忌日は、丁度庭先や畑の菊が咲き盛る時季に当たる。朝露をびっしり置いた菊はことに美しく、香りが高い。令和7年作。
「冬」は春夏秋冬のひとつ。二十四節気の立冬(11月8日頃)から立春前日(2月3日頃)までの期間。陽暦ではおおむね12月、1月、2月の3カ月。気温が下がり、日本の多くの地域で氷が張ったり雪が降ったりする。
掲句は「冬」の到来を詠んだ作品。私の住む町からやや隔たった西の方角に秩父山系の山並みが南北に走る。山並みは秩父山系から奥多摩、丹沢山系へと連なり、その時々の風の強弱や気温などによって表情を変える。その日は、近くの商業施設の屋上に立って、くっきりとした藍色の稜線を目で辿った。風が強い日は、山々が近々と眺められるのが魅力。冬の到来を感じた瞬間だった。令和7年作。
「葱」はユリ科ネギ属の多年草。中国原産とされ、古い時代に日本へ導入された。独特の香があり、汁もの、鍋物、薬味など用途が多い。多くの品種があり、深谷葱もその一つ。
掲句は過去を回想しての作品。1999年に父が亡くなった後、父の生家の義理の伯母から、しばらくの間お歳暮に毎年ネギが届いた。箱詰で送られてきたそのネギは、玄関の三和土に置かれて強烈な香を放った。その香を嗅ぐたびに、父の故郷に思いを馳せた。父が生まれ育ったのは埼玉県旧大里村(現在熊谷市)で、生家の周りは一面の稲田だが、近隣は深谷葱の産地でもあった。令和7年作。
「南吹く」は夏の湿った季節風が吹くこと。「南風」の「風」を省略した呼び名は、船乗りや漁師の間で使われていた言葉がもとになっていることによる。
掲句は、柳瀬川で川遊びをしていた中学生くらいの一群の少年たちを詠んだもの。同年齢の少年たちの中にも、依然としてボーイソプラノの甲高い声を出す子と声変わりが始まっている子がいて、彼らはそんなことにお構いなく淵に跳び込んだり、川岸で押しくらまんじゅうをしたりして、楽しんでいた。折からの南風が、そんな少年たちを祝福するかのように、辺りを吹き抜けていた。平成18年作。『春霙』所収。