木の芽の傍題。櫟(くぬぎ)はブナ科コナラ属の落葉高木で山野に自生。里山の代表的な樹種。3月中旬頃から、芽がほぐれ始める。雄花、雌花をつけるのは初夏。

木の芽の傍題。櫟(くぬぎ)はブナ科コナラ属の落葉高木で山野に自生。里山の代表的な樹種。3月中旬頃から、芽がほぐれ始める。雄花、雌花をつけるのは初夏。

陰暦二月の異称。語源は、まだ残る寒さのため衣を更に重ね着る意(衣更着)とされる。時期的には、ほぼ陽暦3月に当たるので本格的な春を迎えつつあるのだが、「三月」というのとは異なり、まだ空気の冷たく張りつめた感覚を本意とする。

「桜の芽」は「木の芽」の傍題。花を咲かせる花芽と、葉になる葉芽があり、葉芽は先が尖った形であるのに対し、花芽は丸みがある。花期が近づくと、花芽がふくらんできて、美しい紅色を覗かせる。

「百千鳥(ももちどり)」は春の朝など山野で多種類の小鳥が鳴き交わすさま。春を迎えた鳥たちの歓びが感じられる。
掲句は「あんぱん」の空洞と春を迎えた鳥たちの歓びの声を取り合わせた作品。菓子パンの中の空洞は誰もが目にする日常の些事であり、軽い失望を感じさせるごく卑近な素材だが、それとは関わりなく庭先では鳥たちが明るい日差しの中で鳴き交わしている。「春愁」という季語もあるように、春は華やかな季節でありながら、ふと心が曇る瞬間があるものである。自らの心の「空洞」を見せられたような、そこはかとない愁いや哀しみが感じ取れる作品。『俳句四季』2024年4月号。
雪や霜が解ける春先、特に太平洋沿岸では大地がからからに乾く。そこに強い風が吹くと塵や埃が舞い立つ。ときには空が黄色く濁り、視界をさえぎるほどだ。この現象は春以外にも見られるが、春は埃や塵が舞い立ちやすいことから、「春塵」「春埃」など春の季語になっている。
