冬、木や草の芽が萌え出していること。特に、枯草の中の日だまりに見出した草の芽の新鮮な緑は、一歩ずつ近づいてくる春を予感させる。
下の写真はロゼット状に地面に貼りついているナズナ。

冬、木や草の芽が萌え出していること。特に、枯草の中の日だまりに見出した草の芽の新鮮な緑は、一歩ずつ近づいてくる春を予感させる。
下の写真はロゼット状に地面に貼りついているナズナ。

冬に店頭に並ぶ温室栽培の苺。露地物の苺の旬は初夏だが、品種改良やハウス栽培の技術が向上し、クリスマス需要に合わせて本来の旬よりも早い冬に食べられる苺が増えた。単に「苺」といえば夏の季語。なお、俳句で「冬苺」といえば山野に自生するバラ科キイチゴ属の常緑小低木のこと。冬に小さな赤い実が熟し、食べられる。以上のように「冬苺」と「冬の苺」とは全く別のものを指すので注意が必要だ。「冬の苺」も、季語として十分に熟していない憾みがある。

冬に見かける鷺のことで、主として留鳥のコサギ、アオサギ、ダイサギなど。冬季においても、水田や河川等の水辺で主に魚類等を捕食して、水辺付近の環境に生息している。一方、サギ科のチュウサギ、アマサギなどは夏鳥として本州以南に渡来し、冬季は越冬のため沖縄以南の地域に南下する。これら渡りをする鷺のうち怪我をするなどして冬も南方に帰れなかった鷺を「残り鷺」という。
下の写真は群れで生活するコサギ。

冬の渇水期の川のこと。特に太平洋側の地域では、冬になると川の水量が減ってゆき、いつしか流れも細くなる。両岸の枯草、川床に透く石、広々と現れた川原や中洲などが想像される。寒々とした荒涼たる趣がある。

一年の過ぎ去ること。押し詰まった年末、忙しい日々の束の間に、過ぎ去ろうとしているこの年を思い浮かべる。新たに迎える年よりも、来し方への思いに重点が置かれている言葉。
