冬を三冬(初冬、仲冬、晩冬)に分けたとき、その末の時季が晩冬。小寒(1月5日頃)から立春の前日(2月3日頃)までの期間に当たる。陰暦12月の異称でもある。ようやく厳しい冬が過ぎつつある安堵感とともに、近づいてくる春の兆しを感受できる頃である。

冬を三冬(初冬、仲冬、晩冬)に分けたとき、その末の時季が晩冬。小寒(1月5日頃)から立春の前日(2月3日頃)までの期間に当たる。陰暦12月の異称でもある。ようやく厳しい冬が過ぎつつある安堵感とともに、近づいてくる春の兆しを感受できる頃である。

草木は枯れを極めて、淋しく静かな山中をどこまでも延びる山路。「山眠る」という季語があるように、枯れ尽くした山は、時折風が吹き抜けるほかはひっそりとしている。どこかでキツツキが木を叩く乾いた音がする。葉をとどめない梢には底抜けに碧い空が覗く。一方、日本海側の深い雪に包まれた山や雪を被った高山には、「冬山路」といっても、これとは全く別の趣があるだろう。「冬の山」の傍題。

よく晴れた冬の穏やかなひと日。冬の間にも、よく晴れて穏やかな暖かい日が続くことがある。「冬晴」はそのような日の晴天をいい、「冬麗(ふゆうらら、とうれい)」はその晴天を春の麗らかさにたとえたもの。曇りや雪の日が多い日本海側では貴重な一日である。「小春日」が11月頃訪れる晴天のひと日であるのに対し「冬日和」は冬が深まる頃の晴れわたったひと日のこと。

春の到来を待ち望むこと。長く厳しい冬がようやく寒さの峠を越して、寒い中にも時折春の訪れを感じる頃、新しい季節を待つ気持ちが強まる。特に暗く鬱陶しい冬を耐えてきた雪国の人々にとって、春を待つ思いは切実だ。1月の中旬にもなると、日脚の伸びが実感できるようになり、旅行の計画を立てたり、春服を用意したりする。


「芹」はセリ科の一、二年草で春の季語であるが、水辺に自生したり栽培したりして冬季に採れるものを「寒芹」という。葉から茎、根にいたるまで鍋物に利用されるほか、「根白草」として新年の七草粥にも入れられる。
