鰤といえば冬の季語だが、産卵前で適度に脂がのった鰤を彼岸鰤として珍重する地方もあるようだ。一方では、産卵を終え痩せて味が落ちた3、4月の鰤を彼岸鰤と称する地方もある。
掲句で届けられたのは、脂がのった産卵前の鰤だろう。今季の鰤もそろそろ食べ収めの頃だ。折から、本格的な春の訪れを目前に、やや冷たい風が吹いて海が時化ている。海辺に住む人の風土感が活きている一句。『俳句』2023年6月号。
鰤といえば冬の季語だが、産卵前で適度に脂がのった鰤を彼岸鰤として珍重する地方もあるようだ。一方では、産卵を終え痩せて味が落ちた3、4月の鰤を彼岸鰤と称する地方もある。
掲句で届けられたのは、脂がのった産卵前の鰤だろう。今季の鰤もそろそろ食べ収めの頃だ。折から、本格的な春の訪れを目前に、やや冷たい風が吹いて海が時化ている。海辺に住む人の風土感が活きている一句。『俳句』2023年6月号。
朧は、春の夜、湿り気を含んであたたかく和んだ夜気の中で、ものの輪郭や音や色がやわらかく模糊としていること。朧夜の気配は、戸外だけでなく、夜気の入り込む家の中でも感じ取れるだろう。
掲句は、朧夜を歩いていて、思わぬところに段差があり、思わず躓きそうになったとの句意。戸外の公園などを歩いている場面でもいいが、私は、夜中にトイレに起った場面を想像した。躓きそうになった段差が、朧夜のふち(縁)にあるとの把握が面白い。日常誰もが経験する内容だが、季語「朧」が効いている。『俳句』2023年6月号。
囀りは、鳥たちが求愛や縄張りを知らせる鳴き声。冬の間は藪などにひそんで人目につかなかった鳥たちが、春になると、人目をはばからず木のてっぺんなどに姿を現し、美しい声で囀りはじめる。
掲句は、明日渡る予定の島を沖に見ながら、これから目に触れるであろう島の景物をあれこれ思い描いていると、身ほとりの樹頭で鳥が囀り始めたとの句意。明日を疑わないような明るい鳥の声が、旅中の作者を包む。春の伸びやかな旅情と微かな懈怠が感じられる作品だ。『俳句』2023年6月号。
祝婚歌は、古代ギリシャ以来発展した文学形式の一つで、新郎新婦を褒め称え、その結婚を祝す歌。日本で祝婚歌といえば、吉野弘の同名の詩を思い起こす人も多いだろう。
掲句は、その祝婚歌が書かれないままだという。その理由が書き手の側にあるのか、それとも新郎新婦の側にあるのかなどの説明は全くなされずに、事実だけが読者に投げ掛けられる。折から一年で最も麗しい季節である5月。祝婚歌を書くには最も相応しい季節だ。そのことが、読む者の想像力を一層刺激する。『文藝春秋』6月号。
「袋角(ふくろづの)」は、毎年、春に鹿の角が根元の部分から落ちた後、新しく発育を始めた角のこと。皮膚をかぶって、それが袋に似た状態であるところから、このように呼ばれる。
掲句は、袋角の牡鹿が、東大寺の南大門を出てきたとの句意。南大門は築千年の歴史を誇る国内最大の山門であり、奈良のシンボルでもある。奈良に住む人々や参拝者ばかりでなく、鹿にとっても、日頃親しんでいる建造物なのだ。その大門と、毎年生え変わる角を持ち歩く鹿の取り合わせには味わいがある。奈良時代から続く人と鹿との関わりにも、一読想像が広がる。『俳句』2023年6月号。