「薄暑」は夏の初め頃のやや汗ばむほどの暑さ。本格的な暑さには至らないが、戸外を歩いているとうっすら汗ばむほどになり木陰や風が欲しくなる。
掲句は日常誰もが目にする情景を切り取って、「薄暑」を感じさせる作品。トラックを運転する男の日焼けした逞しい腕が見えてくる。平明な句だが、俳人としての永年の修練が隠されている一句。『俳句』2024年7月号。
「薄暑」は夏の初め頃のやや汗ばむほどの暑さ。本格的な暑さには至らないが、戸外を歩いているとうっすら汗ばむほどになり木陰や風が欲しくなる。
掲句は日常誰もが目にする情景を切り取って、「薄暑」を感じさせる作品。トラックを運転する男の日焼けした逞しい腕が見えてくる。平明な句だが、俳人としての永年の修練が隠されている一句。『俳句』2024年7月号。
「西瓜(すいか)」はウリ科の蔓性一年草。かつては秋に多く出回ったが、今は夏のうちから店頭に並び、夏の果物との印象が強い。歳時記では秋季に分類されている。
掲句は西瓜畑に佇んで少年時を思い起こしての作品。齢を重ねた人が若かりし自分自身に出会うことは、現実にはあり得ないが、想像の中では可能だ。掲句は、「十四歳の僕」が西瓜畑のどこかに潜んでいるという。十四歳といえば子供と大人の境のような年齢。大人としての今の自分は、十四歳頃出発したとも言えそうだ。『俳句界』2024年7月号。
夏至(げし)は二十四節気の一つで陽暦6月21日頃。一年の中で、最も昼が長く夜が短い。実際には梅雨の最中であることが多く、からりとした晴天に恵まれることはあまりない。
掲句は夏至の夜、食前酒を口に含む至福の一瞬を詠んだ作品。中々沈まなかった太陽も漸く沈み、「短夜」と言いながらもほっとできる夜のひと時。食前酒はヤマモモ酒だろうか、それとも梅酒だろうか。そのとろりと熟成した濃厚な舌触りに、生きている喜びが凝縮されている。『俳句』2024年7月号。
「囀(さえずり)」は、春になって繁殖期を迎えた小鳥たちの、求愛や縄張りを知らせる鳴き声。潤いのある春空のもと、小鳥たちは高い梢などに姿を見せ、美しい声で囀り始める。
掲句は「囀」に、「割りきれぬ数美しき」との数学的な美意識を取り合わせた二物衝撃による作品。割り切れない数字、例えば11、13、17に美を感じるか否かは人それぞれだろうが、作者はそこに抽象的な美を感じ取った。折から麗らかな外界から聞こえてくる小鳥たちの生身の声。抽象的な美と小鳥たちの生身の声が響き合う。『俳句』2024年7月号。
初夏は新緑の頃から梅雨に入る前頃までをいう。一年のうち最も安定した気候であり、清々しい空気を胸いっぱいに吸いたくなる季節。
掲句は初夏の海を前にして、風にのってくる潮の香を「分娩室の匂ひ」と断定した作品。その断定に、永年小児科医であった作者の日常や経験が活きている。分娩室は緊張感の高い非日常の空間であって、決して安らぎの空間ではないが、そこにはきっと生まれてくる嬰児の匂いや母体の羊水の匂いなどが満ちていることだろう。それは原初の海原を想起させる匂いなのではなかろうか。『俳句』2024年7月号。