「さやけし」は清らかでさっぱりしている、すがすがしいの意で、秋の大気の特色を表す季語。大気が澄み切って、遠くの景色がくっきりと目に映じ、物音も澄んで聞こえてくる。肌に触れる大気の感触も心地よい。
掲句は「金の指輪」に「金の傷」があることを詠む。いつどこでできた傷なのか分からないが、その傷は金の指輪の表面に金色に輝く。爽やかな気分の中で、作者は指輪と歩んできた年月を振り返る。その傷は、指輪の美しさを損ねるようなものではないことを、季語が語っているようだ。『文藝春秋』2024年9月号。
「さやけし」は清らかでさっぱりしている、すがすがしいの意で、秋の大気の特色を表す季語。大気が澄み切って、遠くの景色がくっきりと目に映じ、物音も澄んで聞こえてくる。肌に触れる大気の感触も心地よい。
掲句は「金の指輪」に「金の傷」があることを詠む。いつどこでできた傷なのか分からないが、その傷は金の指輪の表面に金色に輝く。爽やかな気分の中で、作者は指輪と歩んできた年月を振り返る。その傷は、指輪の美しさを損ねるようなものではないことを、季語が語っているようだ。『文藝春秋』2024年9月号。
「青田」は稲が生長して、まだ穂が出ない状態。一面の田を覆うその瑞々しい青さは、本格的な夏の到来を思わせる。
掲句は一面の青田を前にして、風に波立つ稲の葉擦れの音に耳を澄ませているところだろう。「呱々(ここ)のこゑ」は生まれたばかりの赤ん坊の泣き声。一方、「壮年のこゑ」は作者自身の「こゑ」だろうか。風に騒立つ青田の瑞々しさと、日々生長する稲の逞しさを同時に感じさせる措辞。自らを「壮年」と断じた作者の老い難き詩情が爽やかだ。『郭公』2024年9月号。
大根は日本人に最も馴染み深い野菜の一つで、根菜類の代表。大根の種を蒔く時季には春蒔きと秋蒔きがあるが、俳句では「大根蒔く」は秋季に分類される。8月下旬から9月上旬の頃、畑の穴ごとに5、6粒をばらまき、1センチ程度の土をかける。
掲句は大根の種を蒔いている自らを素材にした作品。「手を見つめ掌(てのひら)見つめ」のリフレインから、自らの手の動きを見つめながら大根を蒔く作者の濃密な時間がよみがえる。「掌(てのひら)」といえば、「手」よりズームアップして対象を見つめている感じがあり、「手」「掌」と畳み掛けたところも、作業の動きが見えてきて効果的だ。『俳句界』2024年9月号。
「天の川」は太陽系を含む銀河系。地球のある太陽系は円盤状の天の川銀河の端に位置しており、地球から見ると、天の川の中心部は
濃く周縁部は淡く見える。天の川が、一年中で最も高い位置にかかるのは初秋の頃。
作者は第二次世界大戦も戦後の混乱期も直接の経験はない世代だが、「ずぶ濡れ」との端的な形容には、既成の社会の枠組みなど身を守ってくれるはずのものがことごとく消失した戦後の混乱期の様相が生々しくよみがえる。その形容は、戦後を生きてきた人たちが等しく感じる時代の手触りではないだろうか。『俳句』2024年9月号。
「銀漢」は天の川のこと。天の川銀河の星の集合が肉眼では白く濁って見えることから、それを川に見立てた。晩夏から秋にかけてが最も明るく美しいことから、秋の季語。
掲句は、「銀漢」を仰ぎながら、死後のわが身が素粒子となって宇宙空間を漂うさまを想像した作品。素粒子は物質を構成する最小の単位のことで、文学的に表現すれば「微塵(みじん)」とでも表現するところだが、敢えて学術用語を用いたところに、この句の新鮮な味わいがある。『俳句』2024年9月号。