「舟遊」「遊船」は、納涼のため、海・湖・川などに船を出して楽しむこと、及びその船をいう。夏の行楽の一つ。
掲句は遊船に乗り、デッキに立って船からの景色を楽しんでいるところだろう。「ひとりひとり」が同好の仲間か、たまたま乗り合わせた見ず知らずの人かは問わない。作者自身も、他の人たちも、同じ涼風の中に憩っているのだ。海原や湖面を吹きわたる風が心地よい夏のひと時。『俳句四季』2024年10月号。
「舟遊」「遊船」は、納涼のため、海・湖・川などに船を出して楽しむこと、及びその船をいう。夏の行楽の一つ。
掲句は遊船に乗り、デッキに立って船からの景色を楽しんでいるところだろう。「ひとりひとり」が同好の仲間か、たまたま乗り合わせた見ず知らずの人かは問わない。作者自身も、他の人たちも、同じ涼風の中に憩っているのだ。海原や湖面を吹きわたる風が心地よい夏のひと時。『俳句四季』2024年10月号。
菊日和は菊の花が盛りを迎える頃の、よく晴れた暖かな日のこと。明るく澄んだ秋の日差しの下、菊花展が開かれ、庭の鉢植えの菊は花をつける。道端や畑の小菊も咲き乱れる。
空は明るく澄み、吹き過ぎる風に菊の香りがするような菊日和の一日。いつものぐい吞を「萩焼」のものに替えて一献傾ける。独酌か相酌かは問わない。「萩焼」の温かみのある地味な風合いや手触りは、折からの「菊日和」とよく調和する。『俳句』2024年10月号。
葡萄はブドウ科の蔓性落葉低木。秋の果物の一つであるとともに、その果汁を発酵させてワインが醸造される。
掲句は、葡萄が夜の間自らを醸しているという。葡萄の果実には自然酵母が取りついており、さらに、果汁中にブドウ糖が含まれているため、自然にアルコール発酵が始まるという。この句はそのような科学的な知見によるものではなく、作者が葡萄の味や色合いの変化から感じ取ったことを、葡萄が自らを「醸(かも)して」いると表現したところが面白い。自然界で天然にできるとされる「猿酒(さるざけ)」(秋季)のことが、作者の脳裏にあったのかも知れない。『俳句』2024年10月号。
葛切は葛粉の水溶きを透明に煮て冷やし固め、細い線状に切ったもの。黒蜜や白蜜をかけて食べる清涼感のある夏の食べ物。
掲句は葛切を食べながら旧交を温めている場面だろう。長い人生経験の中には、他人に話題にして欲しくないことが一つ二つあるのが普通だ。差し向かいで葛切を食べながら、お互いに「その後」には触れずに、話題は当時の思い出に終始する。葛切の涼やかさが、この句では救いになっているようだ。『俳句』2024年10月号。
鶏頭は熱帯アジア原産の一年草。古く日本に渡来し、観賞用に庭などに植えられる。濃厚な色合いで、妖しい存在感がある。
掲句はこの花のもつ独特の質感や生々しさがよく表れている作品。鶏頭のざらざらした襞に雨粒がついている様を、鶏頭が雨粒を摑んでいると捉えたところに、作者の眼力がよく表れている。決して表面的な描写などではない、対象の真を把握する作者の写生眼に脱帽する。『俳句』2024年10月号。